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89.小介と城下視察

 城代(じょうだい)って何やったらいいの?


 のっけから何だけど、本当に解りません。そしてそれを解っていたらしい兄上は、大変優秀な家臣団を沼田に()いてくれたので、日々は順調に過ぎております。



***************                ***************


 戦国時代といっても、武将は(いくさ)に明け暮れている訳じゃない。

 異世界だから、現世の戦国時代とは違うところもあると思うけれど、こっちの世界では基本、登庁はフレックスタイム制だ。

 そして期限までに自分の仕事が終わりさえすれば、毎日登庁する必要もない。

 ちなみに『政庁』は、市役所と警察と裁判所を兼ねてるみたいなところ。

 だから村同士の水場(みずば)争いの仲立ちをしたり「怨霊が出たから退治して下さい」って陳情(ちんじょう)が来れば、討伐隊を派遣(はけん)したりもする。


 城主の仕事は、書類の決裁とか いろいろとあるにはあるけれど……書類作成は『右筆(ゆうひつ)』っていう書記官的な役職がやるし、その他の仕事についても、優秀な筆頭(ひっとう)家老の矢木沢(やぎさわ)と家老代理の六郎がばしばし差配(さはい)してくれるので、正直ヒマです。



 ***************                ***************


 やる事がないので鍛錬場に行ったら 先客が居た。

 居たけど、鍛錬(たんれん)してるっぽくはないな。日陰に寝そべって(うり)を食べていたその人が、ひょいと身体を起こした。


 眠そうな垂れ目とおしゃれに整えた長めの髪、奈山 小介(なやまこすけ)だ。


 暑いからか髪をひとつに束ねていて、桔梗(ききょう)色の小袖に合わせた白い(はかま)が涼しげだ。チャラそうって先入観のせいか、紫と細身の白袴の組み合わせが、ホストっぽくも見えてくる。ホストには詳しくないけど。

 へらりと笑って小介が片手を上げたので、私も槍を持ったまま近づいた。


「雪村様は鍛錬?」

「うん、小介は休憩中?」

「いやぁ、こんなに暑いのに鍛錬なんてしたら死んじゃうー。雪村様もほら、こちらへ」


 にこにこ笑って、自分の隣の下草をぽんぽんと叩く。横に置いた(かご)から瓜も出そうとしてくれているので、私は大人しく隣に座ることにした。


「これね、城下の女の子がくれたんすよ」


 小刀で器用に瓜を切り分けながら、小介がにかりと笑う。

 え? もうこっちの城下で、お裾分(すそわ)けをくれるような仲の子が居るの? 小介は『雪村の影武者』として連れてきたから、あまり城下で顔を知られたら『影武者』に出来なくなる。私は慌てて探りを入れた。


「城下の女の子って……?」

「大丈夫っすよ。そんなに()(もち)焼かないで?」

「違うよ。小介には私の影武者(かげむしゃ)をして欲しいから、あんまり顔を売って欲しくなかったんだ」


 無駄にキラキラしている小介を流し、もりもりと瓜をいただきながら説明すると、小介がフフッと笑う。


「大丈夫っすよぉ。俺、ちゃんと「城代の雪村です」って名乗ってますって」


 そうか、それなら良かった。……良かった!?


「ちょ、小介!? 私の振りをしてるって、城下で一体ナニやって」

んの赴任数日で女の子から瓜を貰える間柄(あいだがら)になれるほどのコミュニケーションいや交流をしてるってことだよね? 雪村の風評にもかかわるからちょっと自重してくれないと困っ……


 そう一息に続けようとしたら、途中で(さえぎ)られた。


「そうだ雪村様、まだ城下を見てないっしょ? 俺、お供しますから行ってみましょうよ!」


 小刀を仕舞いながら、いそいそと立ち上がる。

 急に張り切りだした小介に慌てて、私は手にした瓜を口に押し込んだ。



+++


「まあ可愛い。この子はだあれ? 城代さま」

小姓(こしょう)の小介だよ。まだ城に勤め始めて日が浅いからね、仲良くしてあげて?」


 キラキラしているのは変わらないけど、私と話している時みたいにウッスウッスは言ってない。そこだけはちょっとほっとして、私は領民のお姉さんに向き直った。


「小介です。よろしくお願いいたします」


 雪村を名乗ってナンパしてるのかと戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていたけど、そんな事は無かった。気安く領民に声を掛けて、短期間であっさりと溶け込んでいる。ちょっと人見知りなところがある私としては見習いたい部分だ。


 と、見直したのに。


「でも、俺よりも仲良くしちゃあダメだよ?」


 小介はお姉さんにウインクをして、キラキラに拍車をかけてきた。

 うふふと口元を抑えるお姉さんの表情に、若干(じゃっかん)の引き笑いが混じる。


 うわああ『雪村』の評判を落とすなー! 


 私は「ああっ城代さま! 背中に蜂が!」と言いながら、小介の背中をばしばしと叩いた。



 ***************                ***************


 小姓の振りして、城下で畑仕事をしている人たちと交流して、木陰で冷えた胡瓜(きゅうり)をごちそうになり、私と小介(本物)は政庁に戻ってきた。


「小介、もう城下の領民に溶け込んでるんだね。まだきちんと話してなかったのに、ちゃんと『雪村』として行動してくれてありがとう」


 希望よりちょっとチャラいけど。


 それでも私が、何をしていいかも判らないまま過ごしていた頃、小介はもう城下の領民と交流を始めていた。

 ほんとに私、中に雪村が居ないとダメ人間だな。


 ちょっとしょんぼりしたのがバレたのか、小介が目を見開いて にかりと笑う。


「こーいうのは勢いっすよ。ああそうだ、雪村様もやること無くて暇なんでしょ? これからは毎日俺と『城下に逢引(あいびき)』と洒落込(しゃれこ)みませんかね?」

「『城下を視察』ね」


 気を使って、冗談っぽく言ってくれているのは解るけど、どうにも引っ掛かって言い直してしまった。



 ***************                ***************


 翌日、小介のナンパを真に受けて 城下視察に行こうとしたら。


 小 介 が 逃 げ て い た 。


「暑いから嫌です」


 そんな書き置きを残して。


 ……ナンパしてきたのはあっちなんだから、責任を持って城下視察、いや『逢引』に付き合って貰おうじゃありませんか。

 置手紙に手を触れた後、きりりと顔を上げる。


「まだ温かい。遠くには行っていないぞ、探せ!」


 私は悪の総裁(そうさい)気分で、家臣の皆さんに捜索を依頼した。


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