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88.根津子・小介遭逢

 げっそり疲れて政庁を()し、とりあえず私は邸に戻った。

 予定より戻るのが遅れたから、急いで兄上のところに向かったけれど。あんな事になるなら着替えてから向かえば良かったよ。


「遠路お疲れ様でございます。お水をお持ちしました」


 着替えようとしたら、見慣れないふくよかで大柄な侍女が、水を張った桶を持ってきてくれる。

 私はほっとしてそれを受け取った。少し汗をかいてたから助かる。

 ついでに身体も拭こうと思いつつ、礼を言って居なくなるのを待ったけれど、侍女はなかなか去ろうとしない。


「ありがとう、もういいよ?」

「お身体を拭くの、お手伝いします!」


やんわり「出て行って」と伝えたけれど、張り切って居座(いすわ)られてしまった。

「本当に大丈夫だから」と伝えても「もっと威張(いば)って下さい! 命令して下さい!」と聞きやしない。

 六郎だけでも今日はおなかいっぱいなのに、邸に戻ってからもこれだと疲労困憊(ひろうこんぱい)だよ。悪い子じゃないんだろうけど押しが強いなあ。


 ちょっと留守にしてる間に、兄上は濃ゆい配下と侍女を仕入れたなー。



 ***************                ***************


 侍女は真木家譜代(ふだい)の家臣、根津(ねづ)の娘だそうだ。

 根津家は雪村の祖父存命の頃から仕えている家臣。彼女の父君は豪胆(ごうたん)で、物静かな人柄だったはずだけど……


「雪村さまは肌がお綺麗ですね! これなら殿方が放っときませんよ!」

「そうかな。でも私は男だからね」


 私の腕を布で拭きながら、根津娘が悪気なさげにセクハラ発言をかましてくる。

 無心のまま微笑んで、私は棒読みの一歩手前みたいな口調で返した。

 まさか侍女から、18禁乙女ゲームらしい台詞を聞く事になるとは思わなかったよ。


 ええーだって女の子じゃないですかぁーとツッコんでくる声を聞き流し、悟りを開くような心境になる。


『男に戻った時の事を考えて、女になっている事は領民に伏せる』

『城内では極力、男で通す』


 先日の評定(かいぎ)で決まった筈だけど、この()は父上や侍女頭から聞いてないのかな? もったいなーい、とぶうぶう文句を言いながらも、やっと桶を片付け始めた侍女に尋ねてみる。


「そういえば名前を聞いてなかったね。君の事は何て呼べばいいかな?」

 

 あんなセクハラ発言までされておいて、まだ名前を知らなかったんだよ。

 でもあんなに騒々しかった侍女が、名前を尋ねた途端、ぴたりとお(しゃべ)りが止まる。

 どうしたんだろうと待っていると、しばらく黙った後で、すごく小さな声で話し出した。


「あたし、根津 小町(ねづこまち)と申します。……父が、あたしが生まれた時にとても喜んで、『天下一の美女になるように』と願いを込めたと聞いています」


 おおう、なかなか重い父親の愛だな。小町って「美女」って意味だよね?

 それはともかく、娘の方はこの名前に重圧を感じてそうだ。


「でも私、この名前が嫌で嫌で……」

「そうなの?」

「はい、今までは政庁でお勤めしてましたけど、皆には「小町」って呼ばれた後で、陰でこっそり笑われて……」


 ぽそぽそ話しながら、だんだん泣きそうな顔になる。

 そうか……それで兄上、この娘を(やしき)勤めに替えたのかな。もともとは元気な娘なのに、何だか可哀そうになってきた。


「小町って、可愛い名前だと思うけど。じゃあ根津小町だから「ねづこ」って呼んでいい? こっちも響きが可愛いと思うよ」

「……はい!」


 しょんぼりしていた根津の娘は、あっという間に笑顔になる。


「ではこれからよろしくお願いします、雪村さま!」


 根津子は最初のイキイキさを取り戻して、颯爽(さっそう)と去って行った。

 切り替えが早くて羨ましいな。



 ***************                ***************


「雪村、疲れているわね」


 おやつの饅頭を食べながら、桜姫がゆったりと笑った。

 今は近くに侍女たちが居るから「桜姫モード」で女言葉になっているけれど、中身が男の人で普段は男っぽい喋り方なのに、よく切り替えられるなと感心する。

 そしてこんなにおやつを食べてるのに、太らないのも羨ましい。


「そうですね、こちらに戻るのも久し振りなので。ああそうだ、姫は私が沼田に移る時は、一緒に来ていただけますか?」

「当たり前じゃない」

「では少し、侍女の数を増やして貰いましょう」


「沼田に移る時は精鋭(せいえい)の家臣をつける」と兄上は言ってくれたけど、桜姫付の侍女をもうひとり増やして貰おう。

 あとは……

 私は側に居た侍女頭(じじょがしら)に顔を向けた。


「侍女殿に少し聞きたい。ここの家臣で『男の頃の私』に一番背格好(せかっこう)が似ている者は誰だろう? 自分ではよく解らないんだ」


 急に話を振られて驚いたみたいだけど、侍女頭は少し考えてから口を開く。


「小介でしょうか。奈山 小介(なやまこすけ)。顔が似ているという訳ではありませんが、背格好や、髪が長めなところなどは似ています」


 後で兄上にも意見を聞くとして。

『雪村に似てる人』と『桜姫付の侍女』は追加でお願いしよう。



 ***************                ***************


「我々はあちらで受け入れの準備をしますので、雪村様は少し後で来て下さい。正直言って邪魔ですから」


 ()ん反り返った六郎が、私を見下ろしている。

 六郎は体格がいいから、この場合は私を「みおろしている」で正解だけど「みくだしている」とフリガナをふっても差し支えない態度だ。

 これが主君への態度でしょうかね。


(これどうおもいますか、あにうえ)


 口をぱくぱくさせながら、六郎を指さして兄上を見ると、兄上も六郎を見て苦笑いしている。

 六郎の側には、新たに加わった根津子と、ダルそうな 奈山小介 が立っていた。


「俺、誰かの世話をするより『されたい派』なんですけど」


 小介と初めて会った時、いきなりそう言われて吃驚(びっくり)した。

 ルックスが整っていてチャラそうな髪型をしているせいか、ダルそうにしてると、何だか廃退(はいたい)的な雰囲気を(かも)し出している。侍女は「これ」が雪村に似てると思ってるのか……ってちょっとショックだったよ。



***************                *************** 


「私は兄上のように、きちんと統治(とうち)出来るでしょうか」


 六郎たちが出発した後で、私は弱気になって兄上に呟いた。

 六郎だけでも手に余る気分なのに、侍女や兄上が「男の雪村に一番近い」と推した小介がアレなのだ。


「大丈夫だよ。宇野家も奈山家も 代々仕えている譜代の家臣だし、小介もああ見えて腕が立つから」


 兄上は笑って励ましてくれたけど、腕が立つとかそっちより先に。


 私、初見から家臣達にナメられてない……?


 主君が舐められてるなんて、最悪からのスタートだと思うのですよ。

 男なら……本来の雪村の姿ならこんな事にならなかったのに……!


 がくりと項垂(うなだ)れた私の肩をぽんと叩き、兄上が無責任に笑った。


「大丈夫だよ、頑張って」



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