86.同士邂逅
「雪村、お前 現代人なのか」
可愛らしい桜姫の声のまま、男の人みたいな口調で。
何を言われたか理解出来なくて、私はぽかんとしたまま桜姫を見つめた。
信じられない。でもこの台詞じゃ誤解しようがない。
「桜姫も、なの……?」
桜姫の黒目がちな瞳が、大きく見開かれた。
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それから私たちは、お互いの事情を確認し合った。
桜姫の中の人は「桜井 遥」って名前の男の人で、私とは違って、眠っている間だけこの世界に来ているらしい。
「どうして男の桜井くんが『桜姫』で、女の私が『雪村』に転生したのかな? 普通は逆だよね?」
「まさか『さくらいはるか』が女みたいな名前で、『さなだゆきお』が男っぽい響きだから取り違えられた、ってオチじゃねーだろうな……」
そんな馬鹿な。とは思うけど、カオスな設定のこのゲームの世界なら、そんな取り違えくらい普通にありえそう。
でもどうして『桜姫』にプレイヤーが入っているのに、攻略対象の『雪村』にも、私が入っちゃったんだろう?
おまけに何で『雪緒の意識』を保ったまま、『攻略される側』になってんの……?
「俺は生きてるからプレイヤーキャラの『桜姫』で、雪緒サンは死んだからこっちの世界に『転生』したって事なのかな」
桜井くんが前向きな仮定をしてくれたけれど、それにしたっていい加減すぎるよ。
同じ世界で『転生』と『転移』が同時に存在できるものなの?
同じ世界に来ているのに 私だけが死んでるって、私が可哀そうじゃない??
それにどうせ転生するなら、もっと長生きするキャラに転生させて欲しかったし、何より寝てる人を『桜姫』に突っ込むくらいなら、普通に私を桜姫に転生させてよ。そうしたら攻略、がんばったのに……
そもそも『転生』って何だろう。
私はこの世界に『生まれ変わる』事だと思っていたけど……
「でも『転生』とは、ちょっと違う気がする。最初は雪村の身体には ちゃんと雪村の意識があって、そこに間借りしてるみたいな感じだったの。……今はいないけど」
雪村を思い出してしょんぼりしたせいだろう。桜井くんが慌てた口調になった。
「ああ、でもそういう『転生』の仕方って助かるよな。こんな戦国時代で、急に雪緒サンみたいな現代の女の子が戦しろって言われたって無理でしょ。今は雪村が居なくても、多少この時代に慣れてる訳だし、とりあえず何とかなるよ」
励ますように笑っている桜井くんを見ていると、私はこの世界に来てから、ずっと気を張りづめ通しだったんだなって実感した。
ましてや雪村が居なくなってからなんて、しょっちゅう倒れている。『雪緒』だった頃は、一度も倒れた事なんて無かったのに。
そういえば『女になった時に雪村が居なくなった』としか伝えていないのに、桜井くんはそれで納得したみたいだった。
どうして? と聞いても「今はまだちょっと待って」とはぐらかされて、少しだけもやもやする。
桜井くんは私が知らないこと、まだ何か知っていそう。
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「何にせよ良かったよ。こっちの世界ってわかんない事だらけじゃん。現代人同士、お互い協力しあおうぜ。今は雪村が居なくて雪緒サンも不安だろうけど、いずれ元に戻るよ」
そう言いながらにこりと笑って、右手を差し出してきた。
何にせよ雪村が居ない今、それを知っていて相談できる相手が出来た事は すごく心強い。
手を握り返しながら、私も笑い返す。
「うん。よろしくお願いします」
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「いつまでもこうしてたら遅くなるな。とりあえず戻ろうぜ」
「あ、これから私のことは雪緒さんじゃなく『雪』でいいよ。あと、その言葉づかいは二人きりの時だけね」
立ち上がった桜井くんに、私はいちおう念押しした。楚々とした美少女の男言葉、違和感が半端ない。
『雪』なら、うっかり人前で出ても違和感がないし、親や友人にはそう呼ばれていたから呼ばれ慣れている。
そうだ。私もこれからは『桜井くん』って人前で呼ばないように注意しなきゃ。
「わかったよ」とへらりと笑ったあと、桜井くんがふと思い出したような顔になる。
「そういえば雪緒サ……雪って、ちょうどゲーム開始のあたりから雪村の中に入ったんでしょ? 誰かに気付かれたりはしなかったわけ?」
そうだ、そこ大事!
「お願い。私が雪村の中に入ってることは誰にも言わないで!」
私は桜姫の肩を掴んで、食い気味にお願いした。
あまりに必死だったからか、桜井くんが若干引いている。でもそんな事に構っている場合じゃない。
「男に戻れば、雪村も戻ってくると思うの。だからそれまでは、何としてもバレたくない。私が雪村の身体を乗っ取ったなんて、兄上や兼継殿に何て言って謝ればいいかわかんない……!」
私が今、一番恐れているのはたぶんこれだ。
もう 想像しただけで過呼吸になりそうだけど、どうして兄上や兼継殿に知られるのがこんなに怖いのかが、自分でも解らない。
「わかった。ごめん落ち着いて」
されるがままになっていた桜井くんが、するりと私の手をすり抜けて、ぽすんと抱き着いてきた。
そのまま腕をまわして、私の背中をぽんぽん叩いて落ち着かせようとしてくれる。
「少なくとも俺は、『男だった頃の雪村』と『今の雪村』が別人だとは思わなかったよ。だから大丈夫。もしもバレそーになったら、二人がかりで誤魔化そうぜ」
そう言って、はははと笑う。
力いっぱい掴んだ肩が痛かったろうに、そんな事は噯にも出さない。
知り合ったばかりだけど、桜井くんは屈託がなくて、一緒にいるとほっとするな。




