85.疑惑 2 ~side S~
「姫、ヤマボウシの実が熟れてましたよ。甘くて疲れが取れます、どうぞ」
丸いイチゴみたいな形の実を差し出して、雪村がにっこりと笑った。
沢の水で洗われた果実はひんやりと冷たくて、手に取ってみると意外と皮が硬い。
食べてみると、ふんわり甘い味がした。
「美味しいわ!」
「この果実は、熊にとってもごちそうなのだそうです」
「いやあね。だからって、熊に遠慮してどうするの?」
笑いながら、雪村の口にもひとつ押し込み、俺はぼんやりと木漏れ日がちらつく木々を眺めた。
この世界は、どの『ルート』に進んでいるんだろう。『雪村の沼田統治』なんて、ゲームでは発生しない。
恋愛イベント的には、上田滞在を選んだら『信倖ルート』、沼田に着いて行ったら『雪村ルート』に分岐するんだろうが、そんな展開は記憶にない。
……信倖はもう、フラグが折れているけどさ。
そこでふと気が付いて、俺は隣に座っている雪村に声を掛けた。
「そういえば、信倖殿に会うのも久し振りね。大阪では、兄上様に意地悪を言われたわたくしを庇って下さったの。お礼もきちんと言えてないままだわ」
「兄上はきっと気にしておりませんよ。昔から、とても優しい方ですから」
昔から、か……柔らかく微笑む雪村を見ながら、俺はやっぱり違うんじゃねーかなって気持ちになってきた。
来たばっかりの現代人が、「昔から」信倖を知ってる訳がないしな。
「そうね」
俺は心底ほっとして笑い返したが、「心底ほっとした俺」に、俺自身が驚いていた。
雪村が現代人じゃなくて良かった。
穏やかで優しくて。今は本人が一番つらいだろうに、それでもこんなに俺を気遣ってくれる。こいつが兼継に、あんな風に責められたら可哀そうだ。
うん、兼継には「違うよ」と返事をしとこう。
そう決めると心が軽くなった。
「信倖殿に、また会えるのも楽しみね」
相槌を打って笑い返した俺に、雪村がふと思いついたような顔になる。
そして「姫、付かぬことをお伺いしますが」と急に俺に向き直り、改まった口調で聞いてきた。
「姫は過去に兄上と、上田領内をまわった事はありますか?」
急にどうしたんだろう。沼田の統治と何か関係あるのか?
でも上田の事なら、雪村の方が詳しいだろうに。
「ないと思うわ」
「では……念のためにお聞きしますが、美成殿のお邸に招かれた事は?」
雪村の、少し緊張した表情に釣られるように、だんだん俺の鼓動が早くなる。
ちょっと待て。いや、これは……
信倖恋愛イベント其の一『上田探索紀行』は、信倖と上田近隣を馬で散策するイベント。
そして美成恋愛イベント其の一『冷徹官吏のお邸訪問』は、そのまんま美成の邸を訪ねるイベントだ。
ない、と返事をすると雪村は「そうですか」と、がっかりしたように顔を伏せる。
次の言葉を、どう切り出せばいいのか判らない。
今のは間違いなく『恋愛イベントの確認』だ。武隈の滅亡までに、恋愛イベントをひとつ済ませているかどうかの。
これを知っているのは現代人、そして『カオス戦国』プレイヤーしかありえない。
まさかだろ?
何で桜姫の攻略対象側に『プレイヤー』が入っているんだ?
「雪村、お前 現代人なのか」
そう尋ねた時の雪村の顔を、俺は生涯忘れないだろう。




