84.疑惑 1 ~side S~
雪村の体調が落ち着いたのを見計らって、俺たちは信濃に戻ることにした。
今までは雪村が、お姫様だっこをしてくれたが、これからはそうはいかない。俺も小袖に袴という雪村みたいな出で立ちで、一緒にほむらに跨った。
「しっかりとほむらに掴まっていて下さいね」
桜姫は小柄だから、女になっても雪村の方が上背がある。
にこにこ笑って後ろから支えてくれる雪村は、男の頃と特に変わらない。
兼継の考えすぎじゃないかなぁ、笑い返しながら俺は、昨日の事を思い出した。
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「雪村も、そうではないのか?」
兼継が仏頂面で聞いてきたのは昨日の事だ。
『明日、信濃に発つ姫にご機嫌伺い』という名目で奥御殿に押しかけてきたのだが、忙しい執政サマが時間を割いてきたって事で気を遣ったらしく、人払いもしていないのに侍女衆は周囲に居ない。だが内容が内容だからか、抑えた声は低い。
「そう、って何?」
言っている意味が解らなくて、俺は素で聞き返した。
兼継自身も確信がないんだろう。聞き返した俺に顔を顰めること無く、考え込んだ表情のまま 淡々と言い直す。
「雪村もお前と同じく、別人と入れ替わっているのではないかと言っている」
俺は仰天して兼継を見返した。どこからそんな発想になった?
「は!? まさか。俺は知らない。女になってるからそう感じるんじゃないか?」
「確証は無いが少し気になる。気を付けて見ていてくれ」
小さく息をつき、兼継は黙り込んだ。
改めて思い返せば、俺も違和感を持った事はある。
「私と縁を深めるより他の殿方を優先して下さい。時間は有限ですから」
つい先日『イベント制限があるから、自分じゃなく他の男のルートに行け』と言わんばかりの台詞を言ったとき。
そして何か、他にもあったんだよ。何だっけ……俺は記憶を必死で探った。
ああそうだ、夏桜だ。
雪村が「今度、越後に行ってみませんか? こちらの世界には「夏桜」という夏に盛りを迎える桜があるんです」そう言ったとき。
『こちらの世界には』。
まるで『ここじゃない世界には「夏桜」がない』って知ってるみたいな言い方。
雪村も、俺と同じ現代人なんじゃないか? そう思った事は俺もある。でも……
「解った。気を付けて見てるよ」
「くれぐれも、雪村には悟られるなよ」
頷いて答えると、兼継は怖い顔で念押ししてきた。
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「姫?」
後ろから顔を覗き込まれて、俺はふと我に返った。雪村は相変わらず穏やかに微笑んでいる。
もしも雪村の中身が別人だったら、兼継はどうするつもりだろう。
俺の時みたいに脅しつけるんだろうか。いや、雪村が乗っ取られたとなれば、それじゃ済まないだろう。
雪村を意識して心配しまくった分、裏切られたと感じて激怒してもおかしくない。
だがこの雪村が雪村じゃないとしても、こんなに俺に優しいこいつを、そんな目に遭わせたくないな。
「大丈夫よ? 行きましょう」
兼継の考えすぎだといい。気持ちを切り替え、振り返って微笑む。
そして大袈裟なくらい名残を惜しむ侍女衆に「また戻ってきますわ!」と駆け出したほむらの上から元気に手を振った。
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今までほむらに乗る時は、雪村に支えられていたけれど、袴姿で虎に跨ぐと 随分と快適だった。
馬より重心が低いから安定している気がする……けど俺、馬に乗ったこと無かったわ。
「まずは真木郷がある上田に行きますが、そのうちに上野に入ります。先日の戦で、沼田近隣の土地が真木に加増されましたので」
走り出して間もなく、雪村が教えてくれた。
そういや上森も武隈との戦の後で、会津方面の領地が安堵されたとか聞いた気がするな。武隈の領地は戦のどさくさで、徳山に切り取られまくったから、その代替って事らしいが。
「そうなの。良かったわね」
「ですが……」
「どうしたの? 雪村」
何の気なしに答えたが、雪村の声は気まずそうにも聞こえる。
俺はバランスを崩さないように気を付けながら振り向いた。
「沼田は先日まで、武隈方の武将が治める領地でした。私は今後、沼田の統治を任されると思いますから、姫にはご実家に戻られたように寛いで頂けるよう尽力したいと思っています」
申し訳なさそうに、そして生真面目に返してくる。
ああ、武隈方の領地を獲ったから、姫に気兼ねしてんのか。こういう所はホントに元の雪村なんだよなー。
こいつが別人かどうかを探るって、どうやって確認したらいいんだろう。
いきなり「現代人ですか?」はナシだよなぁ。
うっかり変なタイミングで考え事をしたせいだろう。
「姫、申し訳ありません」と雪村が謝ってきて、俺は慌てて首を振った。
「元はと言えば武隈の兄上様が悪いのよ? 上森の義兄上様は『父上のお胤でない』と言われたわたくしを引き取って下さっただけだし、信倖殿は義兄上様の救援の為に沼田を攻略して下さったのでしょう? なぜ雪村が謝るの?」
「……姫、ありがとうございます」
必死で捻りだした言い繕いが功を奏し、とりあえずほっとしたらしい。
雪村が控えめに微笑んだ。
女になった雪村も、男の頃と同じく「清楚で凛々しい」って空気が漂っている。
しかしこんな風に微笑むと、可憐な美少女感が弥増して、至近距離でくっついてると何だか落ち着かない気分になってくる。
やべえ、暑い。
ちょうど前方に涼しそうな水辺が見えたので、雪村から顔を逸らして提案した。
「雪村、少し休憩しない?」




