81.兼継・好感度稼ぎイベント ~side S~
「すごい! 越後にはこんなに綺麗なところがあるのね!」
俺は思わず桜に見惚れた。
夏桜は 春の桜とは違う美しさだった。純白の花びらが、光を反射して乱舞する光景は本当に綺麗だ。
水族館で渦巻いて泳いでいるイワシの腹に似ていないでもないが、イワシの腹ではこんなに感動しない。花は偉大だな。
「喜んでいただけたなら何より。これは越後の山中でしか見られませんから」
兼継が穏やかに微笑んでいて、俺はちょっとこそばゆい気分になる。
本来、こいつは桜姫の攻略キャラなんだから、こんな表情が標準仕様のはずだ。
そして超絶美少女の桜姫がこんなに可愛くはしゃいでるんだから、笑顔を見せてもおかしい事なんてない。
それなのに、何でこんなに不吉な感じがするんだ……。
「兼継殿は、どこかおかしいのではないの?」と雪村に耳打ちしようとしたら、奴は「茶屋で団子を買ってきます」と言い出した。お、俺を置いていくつもりか!?
「待って雪村! わたくしも行く!」
慌てて呼び止めたのに、雪村は病み上がりとは思えない全力疾走で駆けていった。
あの野郎……
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雪村が逃げるように居なくなった後で、俺は振り返る事も出来ずに立ち尽くした。
兼継の視線が後頭部に突き刺さる。
うわあどうしよう……どうやってこの時間をやり過ごせば……
「桜姫」
「はいィ!?」
思わず声が裏返る。おそるおそる振り返ると、嫌そうで怪訝そうな表情を隠そうともしない兼継と目が合った。
さっきまでの微笑みはどこ行った、ってくらいの豹変っぷりだ。
俺は心を落ち着けつつ、覚悟を決めた。まさか取って食われはすまい。
「あら、何かしら?」
「姫に少し確認したい事があるのだが、良いだろうか」
何を確認したいのかは解らんが、とりあえず頷くと、何やらおかしな事を言い出した。
「姫は何か穢れを受けた事などありませんか? 例えば怨霊に襲われた際に浄化を怠った事などは?」
怨霊に襲われたのは雪村と出会った時くらいだが、怪我でもしない限り浄化は必要なかったんじゃねーかな。
「怨霊から受けた傷を放置すると腐る」とか「怨霊に殺された死体を放置すると怨霊化する」ってのは聞いた事があるけど。ゲームで。
「ないわ」
可愛い愛想笑いでそう答えたが、兼継はふと目を逸らして深刻そうな顔になった。そして独り言みたいに言葉を続ける。
「なるほど。今の姫からは、清浄とは言い難い気を感じるのです。そういった覚えがないなら、姫自身が怨霊に蝕まれている可能性があるな。専門ではないが、雪村が戻る前に調伏しておくとしよう」
そう言うなり、奴は間髪いれずに一歩踏み込み、抜いた刀を横薙ぎにした!
刀の切っ先が俺の胸元を掠め、仰け反って躱したけれど、バランスを崩して尻餅をつく。俺は即座に後ずさって距離をとった。
躱したのが面白くなかったのか ち、と舌打ちをしやがった兼継に、俺はおもわず素に戻って怒鳴り声をあげた。
「何すんだ! 危ねえだろ!」
「ふ、本性を現したな」
にやりと嗤う兼継の方が ずっと怨霊じみている。
不味い、こいつ本気だ。
いやちょっと待て。俺から「清浄な気を感じない」と言うならその通りだろう。
俺のこの世界での目的は「女の身体でエロ体験をすること」だ、煩悩まみれな自覚はある。「愛染明王が憑依している」って設定のこいつが、そこを敏感に察知したっておかしくない。だけどだからって、いきなり斬りかかるか!?
そもそもここは18禁乙女ゲームの世界だぞ? 倫理観についてどうこう言われたくねえ!
しかしその論理が通用するとは思えない。
ここで生きている奴に、「ここは18禁乙女ゲームの世界ですよ」なんて言っても「はあ!?」って返されて終わりだ。そして多分、俺もそこで終わる。
まずはここを乗り切らなければいけないんだが、どう言えば言い包められる?




