表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/383

78.雪村恋愛イベント・勃発 1 ~side S~

 鍛錬は数日続いた。

 また中年侍女を怒らせたらヤバいと思ったんだろう。その間は兼継が、ずっと付き添っていたみたいだ。


 しかし鍛錬を終了した夜。奥御殿の庭先で、雪村がまた倒れた。


 少年マンガでありがちな、気の(かたまり)を放出したら、地面を大きく削って爆発した。

 ……どう考えても、乙女ゲームには求められていない要素だろ、これ。


 まるで月でも落ちたかのような騒ぎになったが、もっと騒ぎになったのは、倒れた雪村が死んだように動かなかったからだ。

 いったいどういう技を教えているんだって大騒ぎになって、兼継が呼ばれたが、幽霊みたいに真っ青な顔色を見たら、誰も何も言えなくなった。


 いつもキャッキャと妄想している侍女衆もさすがと控えているし、俺はこのまま雪村が死ぬんじゃないかと、本気で思ったくらいだ。



「雪村、もう大丈夫なの?」

 

 雪村の額に手を当てて、俺は改めて聞き直した。

 ひんやりとした額にしばらく触れていると、ほんのりと(てのひら)が温かくなってくる。倒れた直後は本当に身体が冷たかったから、伝わる熱にほっとした。


「こちらには随分(ずいぶん)とお世話をかけてしまいました。お礼とお(いとま)の挨拶が済みましたら信濃に戻りますので、姫もそのつもりで準備をお願いします」


 自分の体調に無頓着(むとんちゃく)な事を言っているが、さすがにそれは無理だろ。

 もう少し休んでからにしろ、という意味合いの台詞(せりふ)を可愛らしく伝えると、少し考え込んだ雪村が意外な事を言いだした。


「では姫、ここに滞在している間に、前にお話しした夏桜(なつざくら)を見に行きませんか?」


 は? 俺はまじまじと雪村を見返した。


 女の間はイベントは進められないだろうけど、好感度稼ぎはしておこう。そして男に戻ったら一気に(たた)みかけよう。

 密かにそんな事は考えていたが、雪村の方からデートの誘いをしてくるとは思わなかった。


 外見は女だが中身が男の俺としては、今の雪村とデートするのは楽しすぎる。

 いや、あっちも中身が男だから「中身が男同士」って事になって、女同士なんだか男同士なんだか複雑なことになってるがな。


「本当に? わたくし、本当はとても夏桜を見に行きたかったの」


 俺は嬉しさを隠しきれず、うきうきで雪村に美少女スマイルを大盤振(おおばんぶ)る舞いした。

 ついでにもう少し好感度を稼いでおこうと欲を出し、『でも雪村の体調も心配なのよ?』アピールを加えたんだが、次の雪村の言葉で笑顔が固まった。


「はい、ですから兼継殿にお願いしようと思います。夏桜は、夏の越後山中に咲いていますから。案内するなら私よりも、兼継殿の方が適任です」


 え? そう来る? 

 ……俺はまじまじと雪村を見返した。


 雪村がこうなってから解った事がふたつある。

 ひとつは越後の連中が、雪村が女になってもあまり驚いていない事。


 これは五年前、雪村が甲斐に戻された時に剣神が、「雪村が女童だったら良かったのにね」と言ったから。

 越後の軍神がそう言ったんだから、こんな事になっても『毘沙門天のお導き』だと思っている奴が多いってこと。


 あともうひとつはあれだ。

 誰がどこからどう見ても、兼継が雪村にべた惚れじゃね? っていう……


 面倒だからぼかさず言っちまうと、五年前に雪村が甲斐に戻された理由。

「兼継と首藤という陰虎の直臣(じきしん)が、雪村の取り合いをしたから」って言われているんだよ。

 乙女ゲームで、何でBLイベントが起きてんだとは思うが、原因は「御館(おたて)の乱の前哨(ぜんしょう)戦」だの「陰虎(かげとら)直臣の岡惚(おかぼ)れ」だのとはっきりしない。

 ただ、この事件を悲恋仕立(じた)てにした写本が大当たりした。

 上方の写本市(イベント)で「兼継×雪村」本は、常にトップクラスの売り上げで、馬鹿に出来ない収入源なのだ。

 


「姫様にお見せしてよいか迷いますけど……」


 侍女に楚々(そそ)と渡され、心の準備もなく読んだ人生初のBL写本が、そのカップリングだったぜ……


『「私が女童であればこんな事には」とサメザメと泣きながら(妄想)甲斐に戻された雪村が、女子になる病に(かか)って兼継のとこに戻ってきました』


 ……なんて妄想みたいな現実が、本当に目の前で展開されてるんだ。

 おまけに普段は女に対して一線引いてる兼継がアレだもんよ。侍女衆にとっちゃ、ぼんぼんに萌えあがった煩悩寺(ぼんのうじ)にばんばん薪を()べてるようなモンだ。

 信長だって丸焦げだよ。

 

 少なくともそんな過去がマジであったら「長年のご愛顧に感謝」するまでもなく 18禁イベントくらい発生するわ。


 と、まあそんな感じで越後では、兼継と雪村の仲を()しまくっている。

 ここでの俺はヒロインなのに、完全アウェーなのだ。


 だが写本なんて知らないであろう雪村が、この雰囲気に気づいている様子はない。

 (はかな)く笑うと ますます美少女っぽくなる雪村を眺めながら、俺は知らず溜め息が漏れた。


 ……俺、雪村狙いなんですけど。

 こんな状態でちゃんと攻略、出来るのかな……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ