表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/383

74.恢復 1 ~side K~

「修行のため」と理由をつけて、呼び寄せていた雪村が越後に来た。


 このような事態になってから、ひと月も過ぎていない。

 しかし雪村は、やはり女子になっている自覚もなく のほほんとしていた。


 どれほどの自覚の無さかと言えば。

此度(こた)も兼継殿のお邸に泊めさせていただいて良いでしょうか?」と平気で言えるほどに、だ。


 あれだけ(おど)しつけたのに、もう忘れているのだろうか。

「覚悟あっての事か」と問い(ただ)したいところだが、その辺に関しては信倖に釘を刺されている。


 こういう盆暗(ぼんくら)な所は、元の雪村のままだ。

 男の感覚が抜けていないのなら それが当たり前なのだろうが、なぜ自分は雪村を『雪村』として見られないのか。

 こちらばかりが、女性として意識しているようで腹立たしい。


「泊められる訳がないだろう。他を当たれ」


 腹立ち(まぎ)れに突き放すと、雪村が驚いた顔で見返してくる。

 しかし兼継からすれば、この程度の仕返ししか出来ないことも腹立たしかった。



 ***************                ***************


「朝早くから申し訳ありません。よろしくお願いいたします」


 雪村が礼儀正しく頭を下げて挨拶をする。

『己の霊力を武器に注入し、攻撃力を補填(ほてん)する』――この(すべ)を習得できれば、短時間なら男の頃と変わらず戦えるはずだ。……(いくさ)では。


 雪村が女子の自覚を持とうとしないのは、これを習得すれば元通りだと思っているからかも知れないが、それは違う。


 これは『武器に』霊力を通わす術だ。戦以外では役に立たない。


 いや、戦であっても 基礎体力が劣る身体では、長時間は持ち(こた)えられない。

 丸腰の時、男に組手(くみて)でこられては太刀打(たちう)ち出来ないだろう。


 どのように教えれば、それを実感させられるのだろう。

 あれだけ脅しつけても、まだ解っていないというのに。

 だがまずは霊力の鍛錬(たんれん)だ。それが習得出来なければ、実感も何もないのだから。

 頭を切り替えて、兼継は鍛錬に集中することにした。


「では丹田(たんでん)に集めた霊力を()ってみろ。圧縮した霊力を練ることで対流に似た動きが生まれる。それを掌底(しょうてい)から放出し、武器に(まと)わせる。刀なら刀、槍なら槍を(おお)う程度だ。くれぐれもやり過ぎるな」


 何やら真剣に考え、兼継に言われた通りに熱心に鍛錬するところも、今まで通りの雪村なのだが……


 霊気が違う


 唐突(とうとつ)に兼継は悟った。

 何かが違う、という(かす)かな違和感。それは雪村との霊気の違いだ。


 兼継は過去に雪村を鍛錬した時の、丹田に当てた(てのひら)の奥から感じた霊気を思い出した。

 雪村は炎虎を使役する前から、炎のような熱を持った霊気だった。

 しかしこれは……


 顔色が変わった 

 と思う間もなく崩れ落ちた雪村を、(すん)での所で抱き支え、兼継はぎょっとした。


 身体が氷のように冷たい。

 上丹田(ひたい)に触れた掌から、炎の熱とは対極を()す冷気を感じる。


 それは 触れればすぐに消え失せる 粉雪のような霊気



「だ、いじょうぶです。ただの立ち(くら)みです」


 すぐに意識を取り戻した雪村は、取り(つくろ)うように笑ったが、兼継にはそうは思えなかった。


 いつか教えた事を後悔する。

 このままでは雪村は、淡雪のように消えて居なくなる。


「やはり無理だ。止めよう」


 確信に似た思いに囚われ、兼継は身を起こした雪村を再度、抱き締めた。


「戦には出るな。今のお前が、そのような危険な事をする必要はない。お前から言いづらいのであれば私から信倖に話す」


 だいたい桜姫を守る為に、今の雪村が無理をする必要はない。そのような事は生家である上森がやれば良い。

 それに信倖も、このような雪村を戦になど出さないだろう。


 驚いたように兼継を見つめていた雪村だったが、やがて黙って目を伏せた。



 ***************                ***************


 雪村が居なくなった


 奥御殿の侍女から知らされたのは、未の刻(午後2時)も過ぎようかという頃だった。


 ……まさかこれほど早々にやらかすとは思わなかった。

 目と鼻の先(御殿)に、まだ兼継が居るというのに抜け出すとは。


「雪村は変わらないなあ。女子になっても(いのしし)武者のままなのか」


 昔の雪村を知る同僚の泉水(いずみ)が、頭を抱える兼継の肩を叩いて大笑いした。

 泉水は幼少時から、影勝の小姓(こしょう)として共に(つか)え、兼継が知らない間に、雪村に槍を教えた張本人でもある。

 付き合いの長さ(ゆえ)に、何事も気安く話せる間柄だ。


「女子になっている分、なお(たち)が悪いですよ」

「どうせこうなるなら、五年前になれば良かったのに。剣神公も仕事が遅いよな」


 ぼそりと(つぶや)くと、泉水の大笑いが苦笑いに変わる。

 兼継は小さく吐息をついて、泉水を見遣(みや)った。

 どいつもこいつも『五年前』と(つな)げたがる。しかしこの一連の出来事を『剣神公』のせいに出来るのは有難かった。


「すみませんが、後を頼みます。私を笑った仕返しですよ」


 ええっ!? と笑いが引っ込んだ泉水に、やりかけの仕事を押し付けて、兼継は部屋を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ