73.恢復 2 ~side S~
桜姫の朝は遅い。
俺の役目は恋愛のみだから、朝は存分に惰眠を貪り、おいしく朝餉をいただき、おやつを間に挟みつつ、夕餉を食って夜に寝る。
いや、本来は、やるべき事はあるんだ。
恋愛イベントを進めるためには好感度の底上げが必須だから、恋愛イベント以外のおでかけイベントを起こしたり、贈り物を送ったりしなければならない。
しかし俺はうっかり、信倖と美成の恋愛フラグを折ってしまい、イベントの進めようがなくなってしまった。
『カオス戦国』にはイベント制限があって、武隈滅亡までに 恋愛イベントを最低ひとつは起こしていないと、それ以降の恋愛イベントが起こらなくなる。
あんなに早々と、武隈家が滅亡するとは思ってなかったからな。
美成なんか、自己紹介しかしてねえよ。
そうなると、今後進めるルートは雪村と兼継、あとは東軍武将の三人だけ。
だが、家靖、正宗、清雅は、雪村たちを裏切る選択をしないとルートに入らないから避けたい。
しかし兼継は、前の恋愛イベントで宣戦布告しあった仲だし、頼みの雪村は女体化してしまった。
よし、詰んだ。
いやいやいや、すぐに雪村が元に戻れば、まだ可能性はある。
しかし、うかうかしてはいられない。
次は関ケ原までに18禁イベントを起こさなければタイムアウトだ。
それまでに何としても原因を突き止めて、雪村には男に戻って貰わなければ。
そう思っていたのに。
体調不良で鍛錬を中止し、部屋で寝込んでいたはずの雪村が、いつの間にか奥御殿を抜け出して行方不明になった。
怒り狂った中年侍女の差配で 方々に捜索の人員が割かれ、結局、山の中で倒れているところを、兼継に回収されて帰って来た。
奥御殿は大変だったんだぞ。
いつも通りに惰眠を貪っていた俺は、中年侍女に「こんな時くらいは雪村を見張っていろ」と叱り飛ばされたし「疲れているようだから大目に見てやってくれ」と雪村を庇った兼継まで、鬼の形相で怒られていた。
しかしそんな無理をするのも俺のため……と思えば、文句など言えない。
俺は雪村の部屋の前に立ち、小さく咳払いをした。
男に戻っていない原因を探るには、例の『18禁イベント』はどうなったのか確認しなければならないんだが、どう聞き出すべきだろう。
本当にどうしたもんかな。
「雪村、眠っている?」
明るく声をかけながら、返事も待たずに部屋に入ると、おきてます と小さな声が聞こえて、そろそろと雪村が起き上がった。
雪村はもともと中性的な顔つきだったが、それが幼い感じになった今は、普通に美少女だ。おまけに髪を下ろしたら、雰囲気ががらりと変わる。
まだ具合が良くないのか、とろんと眠そうな目元はやたらと色気があるし、薄手の寝間着を着た気怠そうな姿態も艶めかしい。
髪をおろした雪村の破壊力すげえな! さすが乙女ゲームの世界だ。
男に戻った時、この色気をだしたら美成越えあるぞ。
普段の朴念仁っぷりとのギャップが凄まじい。
「姫、おはようございます」
やっと意識がはっきりしたのか、雪村が挨拶してきたけど、もう夜だよ。
「あのね、また具合を悪くしたって聞いて。本当に無理はしないで?」
「私は駄目ですね。兼継殿には、いつもご迷惑をおかけしてしまいます」
当たり障りのない見舞いの言葉を口にすると、雪村も少し苦笑いする。
ふと目を伏せる表情も蠱惑的で、何だかちょっとどきどきする。
何だこれ。乙女ゲームとしての全力の出し方、方向性が違くない?
あの朴念仁、女だったらこんな事できるの!?
兼継の奴、これと一晩、どうやって過ごしたんだ。いや、そもそも兼継のところには行ったのか?
そうだった、それを聞こうと思って来たんだった。……でも何て聞けばいい?
兼継とヤりましたか? ってこの子に聞くの、俺にはちょっとハードルが高い。
いや、雪村なんだけど。
雪村だけど別人に見えるっつーか……
雪村が、雪村に見えない。
「あ、あのね、こんな事を聞くのもどうかと思うのだけれど。雪村は女の子になってから、今までどうしていたの?」
やっとの思いで切り出すと、雪村は少し考えてから 淡々と話し始めた。
「驚かしてしまいましたよね。申し訳ありません。私も気付いたらこうなっていたので、よく解らないのです」
そう言ったきり、黙り込む。
違う、そこじゃない。
大事なのはその先なんだが、どう誘導して聞き出せばいいのかまったく解らん。
結局、それ以上は突っ込んで聞けないまま 話は終わった。




