表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/383

67.消失

「真木は沼田(ぬまた)に、所領(しょりょう)安堵(あんど)されたよ」


 ラフな普段着の小袖(こそで)に着替えた兄上が、肩をまわしながらそう言った。

 やっぱり大阪城への登城(とうじょう)は気疲れするみたいだ。


 結局、男の身体に戻れなかった私は、登城しなかった。

 この件については「雪村は急な病だという事にしましょう。当主の信倖が居れば、()()えず問題ない」と、あれから美成殿が早急に手回ししてくれた。


 所領の安堵とは、『豊富に臣従(しんじゅう)する代わりに保証された領地』って事。

 こういう時は何て言えばいいんだろう。


「おめでとうございます」?「よかったですね」?


 戦とはいえ、沼田はあんな形で蹂躙(じゅうりん)されているから喜んでいいのか解らない。

 今までだったら、分からない事は雪村が教えてくれたけれど。今はどう答えるのが正解なのかがわからない。


 私は曖昧(あいまい)に微笑んで誤魔化(ごまか)して、声には出さず、今日何回目になるかわからない名前を呼んだ。


 雪村、どこにいるの?


 ……私の中から『雪村』がいなくなった。



 ***************                ***************


 いつから居ないのかは解らない。

 ゆうべ泣き寝入りしたらしい私は、兼継殿の布団で目が覚めた。

 慌てて起きると、隣の部屋に居た兼継殿がいつもと変わらない顔で「おはよう」って言うから、今までの出来事は全部夢かと思ったくらいだ。


 でも身体は女の子のままだし、兼継殿も「信倖と美成に使いを出した。身支度(みじたく)が済んだら戻るぞ」って、少し難しい顔になっている。


 やっぱり夢じゃなかった、どうしよう、って思いながらも、まずは身支度を整える事にして、私は内面に呼びかけた。


 着替える時に脱いじゃうけど。雪村、大丈夫?


 ……私の中に『雪村』が居ない事に気づいたのは、この時だ。




「雪村?」


 名前を呼ぶ声で我に返った。

 顔を上げると、兄上が心配そうな顔で私を見ている。


「大丈夫? 調子が悪いなら休みなよ」

「大丈夫です。申し訳ありません、ご心配をおかけして」


 慌てて笑ったけれど、兄上は笑い返してくれなかった。

 ああもう、私 あちこちで迷惑をかけているな。


「兼継にはああ言ったけれど、これが済んだらいったん上田に戻ろう。可哀相にね。どうしてこんな事になったんだろう」


 優しく慰めてくれる兄上の声に、私は泣きたくなった。


 言えるものなら言ってしまいたい。

「兄上、雪村が居なくなっちゃった」って。

 でもそれを言ってしまったら、私は兄上の弟でいられなくなる。


 私はこの世界にきて、初めてひとりぽっちになった。



 ***************                ***************


「私が沼田を、ですか?」

男子(おのこ)のままならそうするつもりだったんだ。でも今はまだ、気持ちが安定してないでしょ? 僕としても、そばから離すのは心配だし」


 兄上は沼田の統治(とうち)を、雪村にまかせるつもりだったらしい。

 日本史ではお父さんが生きていたから、上田城にはお父さん。兄上……のモデルの人が沼田城に入って、沼田を統治していた。


 こっちの世界と現世の歴史は、似ているようで少し違う。

 日本史では、謙信・信玄の子供世代は川中島で戦っていないし、今回の、沼田が真木領になる経緯も違う。


 日本史では「御館(おたて)の乱後に上杉の承認を得て、武田家臣の真田昌幸(幸村のお父さんね)が支配下に置いた」となっていたはず。

「何で武田家臣が上杉の承認(しょうにん)?」って思うだろうけど、それはもともと沼田が上杉の支配下に置かれていた城で、御館の乱のどさくさで北条氏に取られたって経緯があるから。


 その後は少し複雑で、武田氏が滅んだ時に沼田は織田氏に取られ、本能寺の変後にまた真田氏の支配下になる。そして秀吉の裁定(さいてい)で、再度、北条に引き渡される。

 

 ゲームでは、この辺りの事には詳しく触れていない。

 けれどこの世界の歴史は、日本史に近い経緯を辿っている。

 時系列や経緯が変わっても『歴史上起きること』は変わらないとしたら、この先、沼田は東条家に取られるはず。

 そしてもしもその後に、支城の名胡桃城(なぐるみじょう)も盗られる事になったら、小田原征伐(おだわらせいばつ)のフラグがたつ。


 でもこっちの世界の秀好はもう死んでいる。

 秀好が居ないこっちの世界で、東条を『征伐』するとしたら『誰』になる?

 そして本来、沼田を統治するのは兄上で、雪村じゃない。

 雪村が沼田を治めるとしたら、それに何か意味はあるの?


 たとえば……御館の乱みたいに、結末を変えられる可能性は?


 もしその可能性があるのなら、私が行った方がいい。

 先の予想がつく分、何か出来ることがあるかも知れない。


 でもそんな係争地(けいそうち)を、私は守り切れる? 

 雪村が居ないのに?



+++


「大丈夫です。私が行きます。ただ今の私はごらんの通り、まともに戦う事も出来ません。まずは兼継殿に、稽古(けいこ)をつけて貰おうと思うのですが。それからでも良いでしょうか?」


 不安を押し殺して、私は笑って兄上に返事をした。

 雪村が居たらきっとそうするから、私が(ひる)んで引き(こも)る訳にはいかない。


「あ、うん。それはいいけど。ええと、そういえばその事なんだけどね」


 兄上が急に歯切れが悪くなり、目線が空を彷徨(さまよ)いだす。

 私、何か不味い事を言った?

 どきどきしながら見返すと、兄上も、何だか妙にそわそわしている。


 しばらく言いよどんでいた兄上が、やがて言いづらそうに聞いてきた。


「あのさ、雪村の腕力が弱くなっているって、兼継が言ってたけどさ。何でそれ、分かったの?」


 何だそんな事か。


「兼継殿が私の腕を抑えて「嫌なら()退()けろ」と言ったのですが、撥ね除けられなかったのです」

「嫌ならって……何でそんな状況になってんの……」


 正直に答えたら、兄上は曖昧(あいまい)な表情のまま、ぽそりと呟く。

 何でそんな状況になったのかは、私にも解らない。



+++


「まあ、いいか」


 吹っ切るように立ち上がり、兄上は私の肩に手を置いた。


「何かあったら言うんだよ。僕はいつだって、雪村の味方だからね」


 まだ何か聞きたそうだったけど、結局(けっきょく)兄上は、ゲームでもよく言う台詞で会話を締めくくった。


 うわー ここで聞けると思わなかった! 

 こんな状況なのに、私は軽くときめいた。


 この台詞は公式HPや雑誌掲載時に、立ち絵の横に採用された兄上の「決め台詞」だ。

 こんな事を言うくせに、関ケ原の戦いでは東軍について、雪村とは敵対する。

 ファンから「兄上のうそつき」コールが巻き起こっていたっけ。


 あれ? そういえば雪村が女でも、関ケ原って発生するのかな?

 真木の関ケ原は籠城(ろうじょう)戦だからともかく、大阪夏の陣をこの身体で戦うのは無理な気がする。


 ……無理だよね?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ