66.一夜明けて
「……どういう事なの、これ?」
まだ夜も明けきらぬ 真木邸。
信倖は信じられないものを見るような顔つきで 呆然と呟いた。
急遽、呼び出された美成も似たような表情で、雪村だと名乗る娘と兼継を見つめている。
当たり前だ。
昨日まで男だった雪村が、女性になっているというのだから。
「美成、お前は日ノ本の情報に精通しているだろう。何かこういった事柄について聞いたことはないか?」
「聞いた事などある訳がないでしょう!」
兼継の言葉に、美成が即答した。
難しい顔のまま、兼継が小さく息をつく。
「だろうな。では上方の図書寮には、全国津々浦々の書籍が集められていると聞く。それらを閲する事は可能だろうか?」
「そのような事の治し方が書かれた書物など、寡聞にして知りませんが…… 君が必要だと言うなら蔵書を閲覧しても構いません。史官に話を通しておきますか?」
「済まない。それと信倖」
「なに?」
「今の雪村は、女子供と変わらぬ程度の腕力しかない。一度、雪村を越後に連れ帰り、今まで通りとまではいかなくとも、己が身を守れる程度の術は教えておきたいのだが。良いか?」
「うん。それは構わないけど」
何で雪村の力が女性並みだって知ってるの。
というかそれ、どうやって確認したの。
とは思っても、美成の前で口に出すのは憚られる。
それに当の二人は、今の発言の不味さに全く気づいていないらしい。
「申し訳ない。ひとつ確認なのですが」
美成がこほんとひとつ咳払いをして、雪村を見つめる。
「この娘が雪村だという前提で話が進んでいますが、何故、そう言い切れるのですか? 別人が成りすましている可能性は?」
「「雪村が十五の頃と、瓜二つだ」」
美成の至極当然の疑問に、兼継と信倖が同時に答える。
雪村も「これで証明になりますか?」と掌に浮かんだ花押を見せた。
そういえば雪村は、十から十五までの五年間、上森に人質に出されていたと聞いた。
その時に兼継と知り合い、世話役だった兼継宛に信倖が文を出した事で、信倖とも知り合ったのだと。
十五歳ならちょうど兼継の元を離れ、信倖の所へ戻ったあたりだ。
それなら納得がいく。
そうか、本当に雪村なのか……。
改めて美成は、見慣れぬ姿になった雪村を見つめた。
雪村を騙って入れ替わっている可能性は消えたが、根本的な疑問は全く解決していない。
人間の性別が変わるなどありえるのだろうか。
そんな事は、神仏が気まぐれでも起こさなければ無理ではないか?
考え込む美成の耳に、労るような兼継の声が聞こえてきた。
「雪村、昨夜はあまり眠れていないだろう。少し休んだらどうだ」
「兼継殿こそ」
……おい。
ぎょっとして顔を上げると、同じような顔をした信倖と目が合う。
しかし当の二人は、やはり今の発言の不味さに全く気づいていないようだった。
これはどうしたらいいんだ?
声には出さず、信倖と美成は深く嘆息した。




