表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/383

60.改変者 1 ~side K~

side K は兼継の三人称一視点風味です。


「兼継殿、上森のお邸はもっと(すご)いのですか? ぜひ見てみたいです」


 子供のような好奇心を隠そうともせず、雪村が見返してくる。

 こういうところは昔のままなのだがな。そう思うと苦笑が()れて、それを誤魔化(ごまか)すように兼継は信倖を見遣(みや)った。


 信倖を誘ったところで、来る訳がない。

 それが判っていてそうするのは『雪村の事に関しては信倖の許可を取る』という事を、兼継が自らに課しているからだ。


 子供の時分(じぶん)から 兄の(よう)なつもりで面倒を見てきたが、実の兄は信倖なのだから。


 少し顔色が悪いのが気になったが、それを理由に断ってはがっかりさせてしまうだろうと自分自身を納得させ、兼継は雪村を連れて武隈邸を出た。



* ――――――――――――――――――――――――――――――――――― *


 雪村が武隈側の人質として越後(えちご)に来たのは、今から十年前。

 もうすぐ冬に差しかかろうかという霜月(しもつき)の初めだった。


 当時、長年の敵対関係にあった武隈と、唐突に結ばれた甲越(こうえつ)同盟。

 それには家中で戸惑いの雰囲気があり、そこから来る人質の子供にもまた、どのように接するべきか迷いがあった。

 兼継が雪村の世話役(せわやく)に選ばれたのは『影勝の小姓(こしょう)衆の中で一番年下』、それだけの理由だ。


「お前は人質の子と、一番(とし)が近いからね。頼めるね?」


 剣神(けんしん)から呼び出されて命じられた兼継は、面倒(めんどう)な事になったな、と眉を(ひそ)めたい気持ちだった。当然、そんな事はおくびにも出さず「精一杯(つと)めさせて頂きます」と答えたけれど。


 歳が近いといっても五歳離れている。十五の兼継にとっては十の子供など、相手にするのも(わずら)わしい。

 わざわざ自分を選んで面倒事を押し付けたのだから聞いてもいいだろう、他に誰も居ないのだし、と兼継は剣神を見返した。


「剣神公は何故、人との間に子を作ったのですか。その(よう)な事がなければ、武隈との同盟も、愛染明王(あいぜんみょうおう)降臨(こうりん)も無かったと思われますが」



 八年前、毘沙門天(びしゃもんてん)が地上で子を()した折に、天上から愛染明王が降臨した。

 毘沙門天の子供が神力を発現(はつげん)しなければそれで良し。発現した場合は、人の世に混乱を招く前に天上へと戻す、その監視の為に。

 兼継はその際、愛染明王の憑代(よりしろ)に選ばれた子供だった。


「それは愛染明王として言っているんだろうね?」


 楽しげに笑った後で剣神は真剣な顔になり、ちょちょいと兼継を手招(てまね)きする。

 釣られて真剣な表情で近づいた兼継の耳元で、剣神は内緒話のように(ささや)いた。


「人の世に降りる事などそうそう無いからね。人とまぐわうとはどんなものかと、興味がわいたのだよ。まさか子まで出来るとはね!」


 あははと笑う剣神に、兼継はげっそりと力が抜けた。

 ……そんなただの興味本位で天界が()らいだのか……


 愉快(ゆかい)そうに笑いながら、豪快(ごうかい)な女当主は ぽんと兼継の肩を叩く。


「身体に神仏を宿(やど)していても、子は出来るよ。兼継も気をつけな」

「こんな騒ぎになるのなら、ごめんですよ。子なんて」

「おや、いいのかい? お前には、直枝の家を継ぐ話が出ているのだろう?」


 後継(あとつ)ぎか。まだ本決まりではないが、そんな話があるとは聞いている。

 こんな騒ぎになるなら子などいらないと思うが、家の問題はそうはいかない。

 兼継は深く溜め息をついた。


 神仏も 人の事情までは配慮(はいりょ)してくれないらしい。



 ***************                *************** 


「真木雪村です。これからよろしくおねがいいたします」


 それからひと月後。

 歓迎とは程遠(ほどとお)い気持ちで迎えた武隈からの子供は、女童(めのわらわ)のような可愛らしい外見で、覚えたての口上(こうじょう)のような挨拶をした。


 人質()みた卑屈さがないだけましだな。

 兼継の雪村への第一印象は、その程度のものだった。



+++


「人質とは言っても捕虜(ほりょ)な訳ではない、客分(きゃくぶん)として丁重(ていちょう)に扱うように」


 そう言われていた兼継は、まずは子供に学問を仕込(しこ)むことにした。

 十歳(とお)ならまだ、寺子屋(てらこや)で読み書きを習う年齢(とし)だろう。

 雪村は剣神の居住区である奥御殿(おくごてん)に預けられているから、そこから一番近い寺子屋、慈光寺(じこうじ)に通わせることにしよう。


 近いと言ってもひと山()える場所にある。子供の足では、時間がかかり過ぎるかも知れない。

 しかし寺子屋に預けている間は、自分の(つと)めが果たせるのだから、時間を食うに越したことはない。


「雪村、慈光寺の場所はわかるか?」

「はい。ここまで来るあいだに立ちよりました」


 慈光寺は越後の南国境(くにざかい)にある。甲斐から越後に送られる道中、泊まった寺のひとつのはずだった。


「では明日からそこに行け。和尚が読み書きを教えている」

「はい」

「私は用事がある。あとは好きに過ごしていろ」


 こくりと(うなず)く雪村に特に注意を払うでもなく、兼継はさっさと部屋を出た。



 ***************                *************** 


 翌朝、奥御殿は大騒ぎになっていた。

 雪村の姿が消えたからだ。

 兼継は早朝から、剣神に呼びつけられる羽目(はめ)になった。


「兼継、子供になにか言ったかい?」

「特に何も。ただ今日から、寺子屋に行くようにとは言いました」


 まさかそれを嫌がって出奔(しゅっぽん)したのだろうか。いや、しかし昨日はそんな素振(そぶ)りは全く見えなかった。

 何が起きたのか、何故居なくなったのかが全く解らない。


 これだから子供は


 内心、(ののし)りかけたところで、剣神がにこやかに兼継の肩を叩いた。


「世話役はお前だね? 責任を持って探しなさい。子供に何かあれば、武隈との同盟に亀裂(きれつ)が入るよ」



 ***************                *************** 


「何をやっているの」


 奥御殿の布団(ふとん)を一枚一枚ひっぺがしていた兼継に、侍女たちが呆れたような声を掛ける。


「布団に(はさ)まっているのではないかと思って」

「本気でそう思っているの?」


 侍女たちの呆れた声に笑いが含まれて、兼継は(いら)つきを出さない様に注意しながら微笑(ほほえ)んだ。


「では心当たりはありますか?」

「奥御殿の中はくまなく探しました。外に出たとしか考えられません」


 一番年嵩(としかさ)の侍女が代表して答え、それに続いて他の侍女が「私たちも布団の中に隠れているのかと全員で探したの。居なかったわよ」とくすくす笑う。


 本気でそう思っていたのはそっちもじゃないか。


 突っ込みたくても、侍女衆にひとつ口答えをすれば、数倍になって返ってくる。女性とは、何故こうも面倒くさいものなのか。

 しかしその様に思っている事を(さと)られると、ますます面倒な事になる。


「では他を探します」


 兼継はにこやかに答えて奥御殿を()した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ