59.運命の岐路 4
「いいのか? 戻る保証はどこにもないぞ」
……あれ?
布団の上に押し倒されたまま、私は改めて念を押す兼継殿を 不思議な気持ちで見上げた。
何でこうなった。
あの「お願い」をした後、しばらく黙っていた兼継殿は、特に何か言うでもなく私を抱き上げて、隣の部屋に向かった。
そして今に至る。
兼継殿の真剣な顔を見ていると、じわじわと不安になってきた。
……もしかして私は、大変な間違いを犯したんじゃないだろうか。
無意識に脇差を探した手首が、兼継殿に捕われて抑え込まれる。
咄嗟に身を捩ったけれど、身体が全然動かない。私は茫然と兼継殿を見上げた。
この身体、雪村の身体より明らかに身体能力が落ちている、っていうか、普通の女の人程度の腕力しか無い!
雪村どうしよう!?
問いかけても、雪村は抑え込まれても跳ね除けられない事に、私以上にショックを受けているし、何よりもそうしているのが兼継殿だって事に、とんでもないショックを受けている。
兼継殿が何か言っているけど、今はそれどころじゃない。
雪村、ショックなのは私も一緒だ。とりあえず私の話を聞け!
どうする? このまま続ける? それともやめてもらう?
ちょっと見立てを誤ったみたいだ。このままだと男には戻れるかも知れないけど18禁ルート突入だぞ。
これは雪村の身体だから雪村が決めて! 急げ!!
――やめます――
よしきた!
ちいさく呟く内面の声に、私は即座に行動を開始した。
私は雪村の「やめる」と言う意思を尊重する。
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意識を戻すと、兼継殿がお説教をしていた。
「お前は解っていないのだろうがな、男にあのような事を言えばこのように手痛い目にあう。私ならそうしないと思ったか?」
思っていましたとも!
私は兼継殿を見上げて、さっそく中止のお願いを申し出ることにした。
「兼継殿、申し訳ありません、私は」
「今更引いて貰えると思うな。煽ったのはお前だろう」
中止のお願いがあっさりと遮られる。
怖いくらいに真剣な瞳。
身体を容赦なく押さえつけられ、囁く声が耳朶をくすぐる。
あ、あれ? 兼継ってこんなにイケボだったっけ? ……なんて呑気な事を考えている場合じゃない。
こんな兼継殿は見たことない。
まさか撤退不可なの!? ぎゃぁぁああああ!
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「すまん。脅かし過ぎた」
不意に身体にかかる重みが消え、私は茫然と兼継殿を見上げた。
真剣で怖い兼継殿じゃない、いつもの兼継殿に戻っていて、私を布団の上に座らせて頭を撫でてくれる。
……し、信じてた、信じてたよ兼継殿ぉ!
何だかいつの間にか泣いていたみたいで、兼継殿の掌が私の濡れた頬を包むように触れる。
びっくりしたのと怖かったのとで、もう何が何やらわからない。
「こんな事を強いても、戻れる保証などないのだ。落ち着いて戻る方法を探そう。だがこれだけは忘れるな。お前は今までとは違う。決して自分の力を過信するな。軽率な言動は控えろ。そして何かあれば私を頼れ」
……だから弱っている時に そういうのは反則だってば。
兼継殿の声が優しくて、気が緩んだ途端にまた涙が流れて止まらなくなって。
私はこくんと頷いて、また泣き出した。
兼継殿が何か言ってたけど、私は大混乱と大恐慌の後で心底ほっとしていて。
そのせいで涙が止まらなくて。
こくこく頷きながらも、それからの事はまったく記憶に残っていない。
その時の私は、いっぱいいっぱいになっていて。
だから、まだその時は、大変な事態が起きている事に気付いていなかった。




