58.運命の岐路 3
何がどうなってこうなったのかが全然判らない。
女には戻っているけれど、現世での私「真田 雪緒」になっている訳じゃない。 雪村が縮んだ感じだ。
縮んだ……縮んだのか!?
寝間着の上から胸をわし掴むと、私の中で雪村が絶叫した。
今はそんな事にこだわってる場合じゃないでしょ! だいたい何でそんなに繊細な反応してんの!? これじゃ雪村の身体でお風呂も行水も厠も平気でこなしてた私が痴女みたいじゃないのさ!
……落ち着け 私。
いや、とりあえずおっぱいはあるわ。
やっぱり雪村が子供に戻ったわけじゃなく、本当に性転換してる。
ちょっと待って? こっちの世界ではこういう事ってありえるの?
和風ファンタジーな世界観だから、現世と違うって事も考えられるよね?
そう内側の雪村に聞いてみたけれど、雪村もそんなのは知らないらしく、こっちはこっちで大混乱している。
雪村の取り乱しっぷりが凄いせいで、逆に私は、少し冷静さを取り戻した。
どうしよう、どうしたらいい?
このまま帰って兄上に相談する? でも兄上に言ってどうするの?
雪村が知らないんだから、兄上も治し方を知っているとは思えない。
……じゃあ兼継殿?
そうだ、兼継殿だよ! あの人、神様っていうか愛染明王の化身だから、きっとこんなのすぐに治せる!
善は急げだ、夜中だけどごめんなさい。
私は庭を突っ切って、兼継殿の部屋をめざして駆け出した。
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幸い兼継殿はまだ起きているみたいで、部屋からは灯りが漏れていた。
「兼継殿!」
庭からいきなり障子を開け放って飛び込んできた私を、兼継殿は腰を浮かせて、左手に刀の鞘を握ったまま、唖然と見返してきた。
読書中だったらしき書籍が、文机ごと畳の上に転がっている。
「雪村、なのか……?」
いつもの朗々とした声とは違う、押し殺したみたいな声に、わたしはこくこくと頷いて、そのままぺたりと座り込んだ。
下手したら斬られていたって事よりも、こんなにびっくりしている兼継殿は見たことがなくて、私はますます不安になる。
これ、兼継殿にも治し方が解らないんじゃ……
でも今は兼継殿にしか頼りようがないし、この人に出来ないなら 他に出来る人はたぶん居ない。
私は兼継殿を見上げて 必死で懇願した。
「あの、目を覚ましたらこのような姿になっていて。私にはどうしていいのかわかりません。兼継殿、助けてください」
「ありえるのか? こんな事が……」
額に手を当て考え込んでいる様子が、この人でも解らないんだって事をありありと表していて、私は本当にどうしていいか解らなくなった。
この世界で『ありえない事』が起きたんだとしたら。
それはきっと『私が雪村に転生した』せいだ。
私は女だから。
私が雪村の身体に入り込んだせいでこんな事になったんだとしたら、私はどうやって雪村に詫びたらいいんだろう。
いや、詫びて済む問題じゃない。
……何としても男の身体に戻らなくちゃ。私に出来ることなら何でもするから。
でも、どうしたらいいのか解らない。
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ほどなく、考え込んでいた兼継殿が、記憶を辿るように口を開いた。
「陰陽転化という言葉がある。陰極まれば、無極を経て陽に転化し、陽極まれば、無極を経て陰に転化するという。陰は女性、陽は男性を指す。雪村の陽の気が極まって陰に転化した。ということなのかも知れぬ」
何のことだかさっぱり解らない。
「ではどうしたら元に戻れるのでしょう?」
私は兼継殿に聞き返した。
兼継殿も、考え込んだ表情のまま首を振る。
「私はあいにく、そういった人間を見たことがない。保証はないが…… 陰の気が極まれば、また陽に転化するのではないか、と思う」
「陰の気を極める……女性を極めろという事でしょうか?」
「理屈としては。しばらくそのままで居るしかないかもしれんな」
そんな! それは困る! 私は兼継殿に食い下がった。
雪村は、いきなり身体に入り込んだ私に「出ていけ」と言った事なんて、一度もない。
行き場がない私を受け入れてくれた。それだけで、どうしてこんな事になるの?
私はここで、雪村の望む通りに、兄上を助けて真木の領民の為に尽力しようって決めたのに。この身体のままでどうしたらいいの?
兄上は私のこと、雪村だって認めてくれる?
領民はこの身体で、雪村だって受け入れてくれるの?
何よりこの身体じゃ戦えない。戦国時代なんだよ?
これから関ヶ原や大阪夏の陣があるけど、このままで雪村はどうなるの?
どうしたらいいの?
思考はぐるぐると回ったけれど「真木のために戦えない」って理由じゃ、上森方の兼継殿には響かない。
この人に何とかして貰わないとならないなら、上森の益になる理由を示さなきゃ。
「でもこれでは、姫をお守りする事ができません。兼継殿お願いです。何とかなりませんか?」
『上森の益』。そう考えるまで、私はすっかり桜姫の事を忘れていた。
そうだ。雪村は『桜姫を守る』ことを一番に考えていなきゃ駄目だし、そもそも大阪に来たのは、富豊家への謁見のためだ。
この身体でどうやって謁見するの?
まずはそっちの心配をしなければならなかった。
「何とかと言われてもな……」
桜姫を持ち出したのが功を奏したのか、兼継殿が眉を寄せて真剣な表情になる。
しばらく目を伏せて考え込んでいたけれど、やがて珍しく、自信なさげな声音で呟いた。
「……そうだな、子を成せば、一息に陰の気が極まるかもしれん。これは女性にしか出来ないことだから」
「分かりました。ではそうします!」
やっと示された解決策に、私は一も二も無く飛びついた。
姫のことはともかく、冷静に考えたら『謁見』の件は緊急事態だった。
「こおなせば」陰の気が極まるならそうすればいい。
そんな私に、兼継殿が顔を上げ、疑わしそうな視線を向けてくる。
「……雪村、私の言っている意味が解っているか?」
「?」
「男と契れ、と言っているのだぞ」
オトコトチギレって何だ?
音琴千切れ? 男栃木れ?
脳がしばらく誤変換を起こした後で、やっと言われた事が頭に入ってきた。
同時にばっと顔が熱くなって、頭がパニックになる。
何も考えないで返事をしたけど「コオナセバ」って「子を成せば」ってこと?
「オトコトチギレ」って「男と契れ」ってこと!?
何を元気に返事してるんだ、私は!
言われた事よりもそっちの方が恥ずかしくて、私は兼継殿の顔が見られないまま俯いた。
きっと「こいつ馬鹿だ」と思われた。なのに兼継殿の大きな手が、俯いた私の頭を優しく撫でてくれる。
もうどうしていいか解んなくて混乱してる時に そういうのは反則だ、と思う。
「朝になったら、美成に相談してみよう。あいつは日ノ本各地の情報を把握している。こういう事案も聞いたことがあるかもしれん」
しばらく黙ってそうしていた兼継殿が、すごく優しい声で囁いた。
そして「今のお前をこのまま泊める訳にはいかない。信倖に使いを出すから着替えろ。邸まで送る」そう言って立ち上りかける。
私は咄嗟に兼継殿の袖を掴んで引き留めた。
自分でもどうしてそうしたのか解らないけど、頭の中がぐちゃぐちゃのまま 私は必死で兼継殿を見上げた。
考えがまとまらなくて口も開けない私を、兼継殿は黙って待っていてくれる。
雪村は豊富への謁見があるから、急々に男に戻らなければならない。
そして男の人と契れば戻れるかも知れない。
そうしなければならないとしたら、誰に頼む?
「相手に断られる」のを抜きに考えるなら、今はふたりしか頼める人は居ない。
兄上か兼継殿だ。
兄上は「これしか方法が無い」となれば協力してくれるだろうけど、母上が同じ『兄上』だ。倫理的にまずい気がする。
兼継殿は、現状を一番理解してくれている。
そしてあれだ。兼継殿は『カオス戦国』で唯一、エロが無かったキャラだから、ああは言っているけれど、頼んだところでエロいことにはならないんじゃないか?
もしかしたら、私の覚悟を試しているだけで、何か別の方法を見つけているかも知れない。
なんていったって愛染明王だ。不可能なんてあるわけない。
雪村、どうしよう?
問いかけても、雪村は私以上に混乱中だ。
私が決めるしかない。時間がない。
兼継殿の袖を掴む手に力をこめて、私は必死で兼継殿に決意を伝えた。
「か、兼継殿。私は一刻も早く男に戻らねばなりません。だからその……」
「お願い、できませんか……?」
恥ずかしすぎて 兼継殿の顔が見られない。
兼継ルートにエロはない。
私は『カオス戦国』の兼継を信じる。
「陰陽転化」とは本来、そういう意味ではないです




