57.運命の岐路 2 【挿絵あり】
ゲームでは「18禁イベント」にあたる話になります。
それを意味する単語や雰囲気がダメな方は「運命の岐路」「改変者」5 以降表記の話は飛ばして頂けるよう よろしくお願い致します。
おのぼりさんが都会に来たら人酔いをして、ついでに暑気あたりもして。
そんな状態で、大はしゃぎで大名屋敷見学していたら 倒れました。
*************** ***************
気絶したみたいに眠ってしまい、起きた時には辺りは暗くなっていた。
慌てて起き上がって、辺りを見回す。
池に居たあたりから記憶があやふやだけど、ここは上森邸の客間みたいだ。
――子供の頃ならいざ知らず、私はこんな事で倒れませんよ――
私の中で、雪村が呆れている気配がする。
うん、私もちょっとはしゃぎ過ぎたかなと思ってる。これからは気を付けよう。
内心で自問自答をしていたら、襖の向こうから小さく名前を呼ぶ声が聞こえて、美成殿が顔を出した。
兄上のところに行った後、私がここに居ると聞いて立ち寄ったらしい。
「登城は明日だが大丈夫か?」
布団のそばに腰を下ろす白皙の怜悧な顔は、暑気あたりなんて無縁ですって感じで、汗ひとつかいてない。
「人酔いに暑気あたりで倒れたって? 田舎者まるだしじゃないですか」
「戦では人酔いした事はないんですけどね」
意地悪な顔でくつくつと笑うので、私も真面目な顔でボケ返す。
即座に美成殿が、楽しげに突っ込んできた。
「馬鹿なのお前? 戦で呑気に人酔いなんてしていたら死ぬでしょ」
美成殿は、人を蔑むようなツッコミが大好きだ。イケメンでなければ許されない所業だと思う。
ゲームで攻略する時は、言い返さないでべこんべこんにヘコんでいた方が、美成殿のドSゴコロに火がついて好感度が上がり易い。
……のは分かるんだけど、今の私は『雪村』だからね。
美成殿の好感度を上げても、イベントが起きる訳じゃない。
美成がいじわるするのは、桜姫と清雅だけでいいよ。
*************** ***************
夕方まで休ませて貰ったけれど、熱がなかなか下がらない。
なので今夜は、上森邸に泊まらせて貰う事になった。
その旨を連絡した際、兄上からは「馬鹿」と返事が返ってきている。
一日のうちにふたりから「馬鹿」呼ばわりされた私の中の雪村が、本当に居た堪れなさそうで、私は改めて雪村に申し訳なく思った。
確かにいい歳した男が倒れるなんて、少し恥ずかしい……けど、いくら暑さに弱くても、今まで人酔いや暑気あたりなんてした事はないのになー。
どうして今日に限って、こんなに調子を崩したんだろう。
+++
「おかしいですね。どこか苦しいところは無いですか?」
ちゃんと梅湯を飲んで塩分と水分の補給をしたのに、まだ体調が戻らない。
何だかこれ、熱中症っぽくない、気がする。
付いていてくれた侍女もおかしいと思ったのか、薬湯を用意してくれたけど、熱が下がる気配は今のところはない。
人の家で体調を崩すなんて本当に迷惑だなぁ。後で兼継殿に謝らなきゃ。
……身体がだるくて、意識がぼんやりする。目の前がくらくらする。
いつの間にか私は、深い深い眠りに落ちていた。
*************** ***************
白々とした月の明かりが、薄明るく部屋を照らしている。
唐突に目が覚めた私は、ぼんやりとあたりを見回した。
薬湯をくれた侍女は下がったらしく姿はない。
何時だろう。
よく解らないけれど、月の様子からみて、まだ夜中かな。
ふと気が付いて自分の額に掌を当ててみると、熱はすっかり下がっていた。
あんなに気分が悪かったのが嘘みたいだ。
ぐっすり眠っていたせいか身体が痛くて、私は布団の中で大きく伸びをした。
何だか節々が縮んだ気がする。
縮んだ気が……え?
慌てて起き上がり自分の身体を見下ろすと、ぶかぶかの寝間着が目に入った。
着乱れたわけじゃない、明らかにサイズが大きい。
長すぎる袖を捲ると、そこから伸びる華奢な腕が、月明かりにほの白く浮かび上がった。
「……!?」
あたりを見回したけれど部屋に鏡がない。
私は障子を開け放って庭へと飛び出し、そのまままっすぐ池へと走った。
おそるおそる池を覗くと、鏡のように静まった水面には、昼みたいに明るい満月と私の姿が映っている。
……いや、私なのか?
「これ、どういうこと……?」
雪村に似ているけれど、雪村じゃない。
ぶかぶかになった寝間着に隠れた華奢な手足は、明らかに男のものじゃない。
喉から出た声も女の子みたいに高くて、触れた首も肩も細い。
その声のまま、私は茫然と呟いた。
「どうして私、女になっているの……?」




