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55.城下視察

 いつの間にか季節は変わり、新緑だった木々の緑が深緑に替わっている。

 力強く生い茂る葉が 夏の日差しを(さえぎ)り、さやさやと()らぐ影を落とす。


 馬の(くつわ)を並べて、私は兄上と城下の小道を進んでいた。

 久し振りの城下視察だ。


 兄上と一緒だと、いつもなら 見つけるたびに絡んでくる子供たちも、遠巻きにしたまま ぺこりと頭を下げて駆け去っていく。

 田畑で作業をしていた人たちが兄上に気づき、気さくに声をかけてきた。


「あとでお邸に夏大根をお届けしますよ」


 闊達(かったつ)に笑うおばさんに、兄上もにこにこと笑って礼を返している。


 本当に武隈(たけくま)が攻めてきていたら この田畑の実りは無かった訳だし、皆が笑顔でいられて良かった。

 領地を守るって、本当に大変で大事だなぁと改めて思う。


 私がもっと、この世界に貢献(こうけん)できる知識を持っていれば良かったけれど。

 あいにく現世の私はしがないOLで、『カオス戦国』の携帯ゲーム版をプレイした事があるだけの人でしかない。

 あとはせいぜい、少しだけ歴史に詳しいかなって事くらいだけど、今のところ、ゲーム展開を知っている事も 日本史の知識も、この世界では全く役立ちそうもない。


 それなら私は何故、この世界に、そして『雪村』に転生したんだろう。



 ***************                ***************


「雪村?」


 呼ばれる声に我に返ると、隣で兄上が心配そうに私を見ていた。


「大丈夫? 今日は暑いからね、熱中症には気をつけて。少し休もうか?」

「兄上、私はもう子供じゃないんですから」


 私は苦笑して返す。

 ぼんやりしていた私が悪いんだけど、やっぱり兄上は雪村のこと、子供扱いが過ぎる。

 でも言われてみれば、ちょっと暑くてぼんやりするかも。

 私は苦笑を照れ笑いに変えて、兄上に提案した。


「兄上、やっぱり少し休みましょうか。この先に滝がありましたよね? そこならきっと涼しいですよ」


 そうだね、と兄上も笑って、森の方へ馬首を巡らす。

 それに続いて私も、子供の頃に兄上と遊んだ滝へと馬を向けた。



 ***************                ***************


 森の中にある滝の周囲には、神気に近い清涼感が漂っていて、私は思わず深呼吸をした。

 暑さでぼんやりした頭も すっと冴える。

 歩き通しだった馬に水を飲ませ、兄上とふたり、茂った下草の上に並んで腰を下ろした。


「ここ、子供の頃に遊んだ滝ですよね」

「そう、雪村が越後に行く前に。あの頃は大瀑布(ばくふ)に見えていたけど、こんなに小さかったんだね」


 雪村も同じことを思っていて、私はあははと声を出して笑った。

 ひとしきり笑った後で、ふと思い出して兄上に向き直る。


「そういえば兄上は、兵法に詳しい方などご存じないですか? 城下の子供たちに教えたいのですが」

「兵法? あの子たちには早いんじゃないかな。兵法は戦での戦い方だしね」

たたかわずしてひとへいくっするは、ぜんの善なる者なり。という事だけでも教えたいのです。いずれ戦う事自体がない世が来るでしょう。それまでの間だけでも」


『戦わないで敵を降服させることが 最善の策』

 そういう意味なんだけど、兄上が目を見開いて、まじまじと私を見返してくる。


「雪村、いつの間に孫子なんて(そら)んじられるようになったの?」


 雪村、脳筋か。兄上もさらっとひどいな! せっかく私、良いこと言ったのに!

 微妙な顔になった私の肩をぽんと叩き、兄上が困り顔でくすくすと笑った。


「ごめん、雪村っぽくなくて、つい。解ったよ、僕に兵法を教えて下さった和尚に話をしてみよう」

「ありがとうございます」


 私も機嫌を直して笑い返す。


 上田で兄上と過ごす日々は 穏やかで幸せで。

 私は自分がここに転生した理由なんて、いつの間にかどうでもよくなっていた。


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