5.可憐な姫と死にかけの殿
「姫、落ち着かれましたら炎虎に移りませんか? 見た目は厳めしい虎ですが、元は父君であられる武隈 信厳公の霊獣。姫にも懐きましょう。それに輿よりも揺れませんし、甲斐にも早く到着できます」
「輿より揺れない」その一言が効いたのか、桜姫は炎虎に乗る事を承諾した。
何だか桜姫は具合が悪くて気絶したようで、輿に乗せて間もなく、えづいたような声がした。
私が選ぶ選択肢がアクティブだったから、桜姫に繊細な印象はなかったけれど、公式設定ではかよわかったんだろうか。
こんなに美少女なら、その方がむしろ可愛いくていいか。
私は騎士気分で(武士だけど)桜姫に向けて手を差しだした。
女の子らしいほっそりとした手が、私の手に添えられる。
桜姫は雪村より2歳年下の18歳のはず。でももっと小さいっていうか……本当に壊れそうなくらいに頼りない。
「ほむら」
私は炎虎の名を呼んだ。
炎虎は元々武隈家に隷属していた霊獣だけど、信厳公の跡取りである克頼様には従わなかったこともあり、真木に下賜された霊獣だ。
「桜姫を護る役目を、真木に命ずる」とのお館様の言葉と共に。
“ほむら”という名前は「霊獣に名付ける事で、より強く繋がることが出来る」と兼継からアドバイスされて、雪村が名付けたみたい。
ゲーム中ではそういう話はしてなかったなぁ、と思いながら、私は目の前に現れた空気の揺らぎを見つめた。
揺らぎが固まり、炎をまとった白虎が現れる。
雪村の振りをしている私が呼んでもちゃんと来てくれて、正直ほっとした。
雪村の振りというか…… 感覚的には、雪村の身体の中に 私の魂が入ったような感じがする。
ちゃんと雪村の記憶も意識もあって、身体能力は雪村のままで……
雪村が考えていることも感じ取れて、会話も出来る。不思議な感覚。
「では失礼します。しっかり掴まっていて下さいね」
私は添えられた手を握り返し、怖がらせないようにそっと桜姫を抱き上げた。
雪村が、そうしたいと思っているから。
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甲斐に着いた私たちは、取るもとりあえず武隈の城、躑躅ヶ崎館へ向かった。
私の中の『雪村』の焦り具合から察するに、信厳の容態は相当悪いのだろう。
……と思っていたのに、武隈信厳は意外と元気そうだった。
「桜姫、ワシが父上じゃよ。ああ、剣神に全く似ていない可愛らしい姫じゃな!」
桜姫が困ったように微笑んでいる。
そりゃ剣神公をディスられたら、 コメントしようがないよね。
だからって達磨みたいな信厳公にも、桜姫は似ていない。
疑っている訳じゃないだろうけど、一応伝えておこう。
私は信厳に向き直った。
「炎虎の炎は姫を焼きませんでした。間違いなく、武隈の血を引いておられます」
『炎虎』は炎を身に纏った白虎で、火炎を司る。
そしてその霊気の炎は『武隈』と、現在の主である『真木』を焼くことは出来ないから、こういう確認の仕方ができるって訳。
ちなみに過去にこの手法が使われたのは、信厳の隠し子発覚騒動の時だった。
(この時は、別な意味で炎上した)
儚げに微笑んでいた桜姫が、そっとお館様の方へにじり寄り その手を取る。
そして驚く信厳を見上げて、悲しげに囁いた。
「わたくしに母上様のような力があれば、父上様の病を治すことが出来ますのに。桜は悲しゅうございます」
姫の可愛らしさに、信厳がのた打ち回って身悶える。
「姫はかわゆいのう! 剣神にももう少し、このような可愛げがあれば良かったのにぃ!」
上森家では戦バカ扱いされている剣神公に、病を治す力があったのかは知らないけど、本人はやたらと感動しているし……まあいいか。
信厳に思い入れのない私と、桜姫と会わせるのが間に合って心底ほっとしている雪村との心情の乖離が激しくて、何だか落ち着かない気分のまま、時間が過ぎて行った。