47.異世界・川中島合戦7
前半ちょっとだけ、信倖視線部分があります。
(これだけで1話にするには短すぎるので 一緒に入れます)
~沼田城調略戦~
手にした文に目を通した信倖は、もう一度、右筆が書いた書状に視線を戻した。
『克頼』の文字を抽象化した花押は、手元の『見本』そのままだ。
「これを沼田に。矢木沢、頼む」
家老に右筆が書いた方の書状を手渡し、信倖は小さく息をついた。
武隈からの援軍要請を装った『偽書状』は、幾人かの手を経由して、沼田城主の元に届くだろう。
その時、沼田城主がどう出るか。
要請を無視するなら武隈への忠心は低い、調略できる可能性がある。
そして要請に応えて援軍を出した場合は、沼田城の防備が手薄になる。
そこを攻め落とす。
……そうなった場合は、せめて早々に和議を結ぼう。
沼田城主は立地上、頻繁に臣従先を変えているとは言え、知らぬ間柄ではない。
花押の見本に使った克頼からの文は、しばし迷った後で文箱に放り込む。
「桜姫を連れて、武隈へ寝返れ」
そのような密書を送られたところで、今更、その命に従う事は出来ない。
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~上田城攻防戦~
敵方が火攻めの材料にしない様、惣構外の建物は 火を放って焼き払っておく。
城外の井戸に異物を混入して 使えなくする。
籠城戦も、籠ればいいってものじゃない。
ただ今回は、ぎりぎりまで情勢を見極めてからだ。
打てる手は打った。そんなある日。
とうとう忍物見から「武隈が動いた」との知らせが届いた。
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「安芸殿、私は戸石城に移ります」
戦支度を済ませた姿で、いきなり伝えた私を、安芸さんは驚きもせずにしっかりと見返して「ご武運を」と頭を下げた。
敵が攻め寄せる城に残されるというのに、怖がる素振りを微塵も見せない。
雪村よりふたつ年上とはいえ、安芸さんは胆が据わっている。
「お側に居ることは叶いませんが、必ずお守りしますから」
ゲーム中でなら、桜姫以外の女の子にこの台詞は、炎上確実だ。
それでも私はそう伝え、上田城を後にした。
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現世とこっちの世界では 決定的に違う事がある。
それはこっちの世界には『霊力』って概念があって、霊獣やら神力やらが普通に有りって事なんだけど。
それと同じような感じで『軍配者』の概念も、現世とこっちの世界では違う。
現世・戦国時代の『軍配者』は、戦の日取りを決めたり、戦勝の為に「縁起担ぎ」の儀式を執り行うのが仕事。
だから、僧や陰陽師がなっている事が多い。
こっちの世界の『軍配者』も、僧侶や陰陽師が担っている事が多いけれど、一番の仕事は『式』と呼ばれる霊体を使役して、離れた味方同士での戦況の報告や作戦の伝達を行う事だ。
優秀な術者であれば、多少の物見(偵察)もこなせる。
真木でも三浦和尚と言う、双子のおじいちゃん僧侶が軍配者をやっていて、兄上と私にひとりずつ付いている。
その三浦和尚(弟)が、そっと私に耳打ちした。
「沼田勢は偽書状の策に嵌まり、信倖様が沼田の城を押さえました。城を落とされた事に気付いた沼田勢は、反転したようです」
それなら沼田勢が、海津城の援軍に来る事は無い。
沼田勢が反転せずに攻め寄せていたら、こちらの背後を突かれかねなかった。
私はほっとして三浦和尚(弟)に頷いた。
「では武隈軍の様子を探ってくれ。上田の抑えに割かれる兵が如何程かで良い」
軍配者が物見も出来るといっても、『式』を通した視認程度だ。
とはいえ、現世の戦国時代と比べれば『式』なんてチート技だけどね。
私は立ち上がり、城の連子窓から外を眺めた。
当然だけど、そこから武隈の軍勢なんて、まだ見えない。
たぶん武隈は上田城に、兵力は割かない。
一刻も早く、少しでも多くの兵力で、海津城に辿り着きたいはずだ。
何故って今、城外に討って出た高崎軍と上森軍が交戦中だから。
これは武隈軍にとって、予想外に早い展開になっていると思う。
「難攻不落の海津城に、上森軍を引きつける。そのまま武隈本隊の到着を待ち、攻城を諦めた上森軍が千曲川の渡河を始めたところで 城から討って出て、武隈本隊と挟み討ちにする」
武隈軍の、基本的な戦略だ。
ただいつも霧で見通しが悪く、武隈本隊が到着する頃には 上森軍は渡河を終えて撤退していた。
川中島の霧は、水気を支配する越後の神龍が発生させた霧。
そしてそれを『目眩ましの罠』だと見破っていた前城主の高崎殿は、城から討って出なかった。
しかし代替わりした新しい城主はそれを知らない。
いや、高崎殿からそれを知らされていても、「功を焦った」のかも知れない。
深い霧の中、早々に攻城を諦めた上森軍は、撤退を始めた。
今、城から討って出て背後を突けば、上森軍は総崩れになる。武隈本隊の到着を待っていては、いつものように戦機を逸する。
そう見越して、本隊の到着を待たずに攻勢に出た高崎軍は、渡河せずに陣を敷いていた上森軍と交戦になった。
城からおびき出して、早期決戦に持ち込む為に兵を引いた上森軍と、攻めあぐねての撤退と誤認した高崎軍とでは、心構えからして違う。
今は上森軍が高崎軍を突き崩すのが先か、武隈本隊が到着するのが先かのスピード勝負になっている。
戸石で遊軍を編成した私は、上田城の抑えに割かれた武隈軍を、上田の兵と挟撃して片を付け、川中島へ進軍する武隈軍を、付かず離れず追行している。
上森軍の海津城攻略が間に合わなければ、千曲川を渡河する武隈軍の背後を突く。
間に合っていれば、上森軍と挟撃する。そのように動く予定だ。
戦を怖がっている場合じゃない。
そう決心したところで、やっぱりどこか怯んでいる私は、「剣神公が何年もかけて仕込んでいた策ですよ? 兼継殿なら上手くやるだろうからお任せしましょう」と私の中の雪村さんに進言したのですが、雪村さんに却下されたのです。
――いくら素晴らしい策であっても、上森の海津城攻略が間に合わなければ 絵に描いた餅です――
そう言われてしまうと、こっちとしても「怖いから嫌です」とは言えない。
何と言っても雪村は宿主だ。
私は周囲に悟られないように表情を消して、しぶしぶ進軍している。
大雑把な用語解説
右筆=書類作成のお仕事をする人
花押=文書の末尾などに書く署名の一種。こっちの異世界では、ゲームのタイトルになるくらいの重要イベントに使用される。「カオス戦国」は「花押を君に~戦国恋歌~(本来のゲームタイトル)」の花押をかおすと読み間違えたユーザー多数で定着した。
和議=和睦のための協議。
密書=秘密のおてがみ
惣構=お城だけじゃなく、城下町も石垣や土塁で囲んだ外壁ライン
籠城戦=お城に籠もって戦うこと。防御に全振り。
忍物見=山野に隠れて敵情をさぐる役目。足軽が派遣される事が多いけど真木家では忍びを派遣中
物見=敵情を探ったり見張りをしたりする人
渡河=川を渡ること。




