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46.異世界・川中島合戦6


「俺、これからは(たけのこ)を取り過ぎないようにするよ」

「ぼくも、竹馬は大事に乗る」


 そんな事を言いながら、子供たちが地面を(なが)めている。


 乱杭(らんくい)の真似事で(いくさ)に興味を持ったのか、城下の子供たちに「自分たちでも作れる戦道具を教えて欲しい」と取り囲まれてしまった。

 だから今は、竹束(たけたば)という竹で作る鉄砲の弾を防ぐ防具や、逆茂木(さかもぎ)という盾、弓矢の作り方を、地面に描いて教えているんだけど……


「本当は(いくさ)がないのが一番いい」なんて領主の弟が言ったら、みんな不安になるのかな。

 私は(ひざ)を払って立ち上がり、釣られて立ち上がった子供たちの頭を順番に()でた。


「武器や防具も大事だが、一番大事なのは戦をせずに勝つことだ。「兵は詭道(きどう)なり」とも言うだろう? まずはきちんと学問に(はげ)んで、立派な大人になる事だよ」


 偉そうに言うと、子供たちは感心したように うん、と(うなず)いた。

 ついこの間まで竹とんぼで遊んでいた子供たちが、すっかり大人びている。

 雪村の背が高いせいで、小さい子供だと思い込んでいたけれど、よく見ると元服少し前くらいかも。

 だったら遊び道具作りは、手先や集中力の鍛錬だったりしたのかな。

 寺子屋で学んでもいい年頃か。


「お前たちが兵法を学べるよう、伝手(つて)辿(たど)ろう。すぐには無理だが待っていてくれ」


 そう言うと、子供たちはわっと盛り上がった。

 よし、兄上が戻ったら相談してみよう。



***************                *************** 


 はしゃぎながら走っていく子供たちを見送って(きびす)を返すと、近くの木陰(こかげ)から安芸さんが覗いていて、私は慌てて駆け寄った。


「このような所でどうしました? 邸から出ないようお願いしていたはずですが」

「ごめんなさい。あまりに楽しそうで、つい」


 安芸さんが、しょんぼりと項垂(うなだ)れる。


 どこで誰が見ているか分からない。

 私は周囲を見回し、人影がないのを確認してから そっと安芸さんに耳打ちした。


「邸に(こも)ってばかりでは 気も滅入(めい)りますよね。陽が落ちてからで良ければ、邸の周辺くらいはご案内します」

「……いいの?」

「ええ。とりあえずは戻りましょう」


 驚いた顔で目を見開いた安芸さんが、ぱっと華やかに笑った。



 ***************                *************** 


 さらさらと流れる川面に 夜空の星が(こぼ)れ落ちる。

 半分以上欠けた月明かりだけでは、少し足元が心許(こころもと)ない。

 私は安芸さんに、手を差し伸べながら声を掛けた。


「足元に気をつけて下さい。(ほたる)の時期にはまだ早いようですね」


 昼間に約束した 夜の散策(さんさく)

 連れ出した先は近場の川辺だったけど、ずっと邸に(こも)りっぱなしだった安芸さんは、この程度の散策でも嬉しそうだった。


「川面に星空が映り込んで、まるで天の川ね」

 

 安芸さんが川を(なが)めて 楽しそうに笑う。

 何だか恋愛イベントでも始まりそうな台詞だな。と思いながら、私も「そうですね」と相槌(あいづち)を打った。


 桜姫以外の女の子と、こんなイベントを起こしているなんて、乙女ゲームとしてありえない。

 ゲームで本当にそんなのがあったら、雪村大炎上だよ。


 川面を眺めている安芸さんの隣で、私はしばらく会えていない、主人公のお姫様を思い出した。


 桜姫がここに居たらどうしただろう。

 川に入りたいって大騒ぎして、挙句(あげく)(すべ)って転んで、結局、 ()れた姫を抱きかかえて帰った私も濡れる羽目(はめ)になるような気がする。


 でも雪村との恋愛イベントで、夜の川辺散策(さんさく)は無かったはずだから大丈……


「雪村、何を考えているの?」


 不意に安芸さんに声をかけられて、私は苦笑気味に返事をした。

 やっぱり恋愛スキルが高い女の子は鋭いなぁ。喪女だった私とはえらい違いだ。


「少し考え事をしていました。貴女にどう謝ればよいかと」

「私を覚えていなかったこと? それとも桜姫の事を考えていたこと?」


 うわあ、本当に鋭すぎる! 

 私は少し考えて、結局『本当に謝りたい』方を選ぶことにした。


「花贈りの件を忘れていたことです。誰からいただいたのかを調べもせず、お返しもしませんでした。重ね重ね申し訳ないことをしたと」

「返花は いただいたわ」

「え?」


 そんな馬鹿な。誰から(もら)ったかも分からないのに、どうやって返すんだ。


「本当に全部、何から何まで覚えていないのね」


 困惑した私に、安芸さんが苦笑する。

 うう、何ていうか……本当にすみません。

 これ、恋愛イベントっていうより断罪イベントだな……



「私ね、人質なのに全然卑屈(ひくつ)なところが無くて、いつも笑っている雪村が好きだったの。だからこんな風に困らせるのは本意ではないわ」


 何て返していいか解らずに黙っている私に、安芸さんは殊更(ことさら)に軽い調子で笑いかけてきた。

 そして(のぞ)き込むように 私を見上げてくる。


「じゃあ、これだけ思い出してくれたら 許してあげる。貴方が返花にくれた花。それだけは思い出して。……この(にん)が終わるまでに」



「恋する女の子は綺麗」ってよく聞くけど、安芸さんは雪村の事が、本当に好きなんだなぁ。

 月明かりの下の安芸さんは すごく綺麗(きれい)に笑っている。


 早く思い出してあげて 

 私は、私以上に困惑している 中の『雪村』にお願いした。




 もうすぐ戦が始まる。


 時間はあまり残されていない。



大雑把な用語解説


乱杭=杭をたくさん地中に埋めて、地面から出たところの端を縄で結んで障害物としたもの。本来は足を引っ掛ける目的のアイテムだけど「どうせなら踏んで足を怪我しろ」と先端を尖らせるという、雪村オリジナルのえげつない加工が施されている


逆茂木=木を切って、枝の方を敵に向けて一面に並べたもの。バリケードに使用する。「どうせなら城壁を乗り越えてきた敵を怪我させよう」と城壁内側への設置を目論んでいるので、そんなのを教えられている子供たちが えげつなく育ちそう


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― 新着の感想 ―
アキさん素敵だなあ。
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