46.異世界・川中島合戦6
「俺、これからは筍を取り過ぎないようにするよ」
「ぼくも、竹馬は大事に乗る」
そんな事を言いながら、子供たちが地面を眺めている。
乱杭の真似事で戦に興味を持ったのか、城下の子供たちに「自分たちでも作れる戦道具を教えて欲しい」と取り囲まれてしまった。
だから今は、竹束という竹で作る鉄砲の弾を防ぐ防具や、逆茂木という盾、弓矢の作り方を、地面に描いて教えているんだけど……
「本当は戦がないのが一番いい」なんて領主の弟が言ったら、みんな不安になるのかな。
私は膝を払って立ち上がり、釣られて立ち上がった子供たちの頭を順番に撫でた。
「武器や防具も大事だが、一番大事なのは戦をせずに勝つことだ。「兵は詭道なり」とも言うだろう? まずはきちんと学問に励んで、立派な大人になる事だよ」
偉そうに言うと、子供たちは感心したように うん、と頷いた。
ついこの間まで竹とんぼで遊んでいた子供たちが、すっかり大人びている。
雪村の背が高いせいで、小さい子供だと思い込んでいたけれど、よく見ると元服少し前くらいかも。
だったら遊び道具作りは、手先や集中力の鍛錬だったりしたのかな。
寺子屋で学んでもいい年頃か。
「お前たちが兵法を学べるよう、伝手を辿ろう。すぐには無理だが待っていてくれ」
そう言うと、子供たちはわっと盛り上がった。
よし、兄上が戻ったら相談してみよう。
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はしゃぎながら走っていく子供たちを見送って踵を返すと、近くの木陰から安芸さんが覗いていて、私は慌てて駆け寄った。
「このような所でどうしました? 邸から出ないようお願いしていたはずですが」
「ごめんなさい。あまりに楽しそうで、つい」
安芸さんが、しょんぼりと項垂れる。
どこで誰が見ているか分からない。
私は周囲を見回し、人影がないのを確認してから そっと安芸さんに耳打ちした。
「邸に籠ってばかりでは 気も滅入りますよね。陽が落ちてからで良ければ、邸の周辺くらいはご案内します」
「……いいの?」
「ええ。とりあえずは戻りましょう」
驚いた顔で目を見開いた安芸さんが、ぱっと華やかに笑った。
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さらさらと流れる川面に 夜空の星が零れ落ちる。
半分以上欠けた月明かりだけでは、少し足元が心許ない。
私は安芸さんに、手を差し伸べながら声を掛けた。
「足元に気をつけて下さい。蛍の時期にはまだ早いようですね」
昼間に約束した 夜の散策。
連れ出した先は近場の川辺だったけど、ずっと邸に籠りっぱなしだった安芸さんは、この程度の散策でも嬉しそうだった。
「川面に星空が映り込んで、まるで天の川ね」
安芸さんが川を眺めて 楽しそうに笑う。
何だか恋愛イベントでも始まりそうな台詞だな。と思いながら、私も「そうですね」と相槌を打った。
桜姫以外の女の子と、こんなイベントを起こしているなんて、乙女ゲームとしてありえない。
ゲームで本当にそんなのがあったら、雪村大炎上だよ。
川面を眺めている安芸さんの隣で、私はしばらく会えていない、主人公のお姫様を思い出した。
桜姫がここに居たらどうしただろう。
川に入りたいって大騒ぎして、挙句に滑って転んで、結局、 濡れた姫を抱きかかえて帰った私も濡れる羽目になるような気がする。
でも雪村との恋愛イベントで、夜の川辺散策は無かったはずだから大丈……
「雪村、何を考えているの?」
不意に安芸さんに声をかけられて、私は苦笑気味に返事をした。
やっぱり恋愛スキルが高い女の子は鋭いなぁ。喪女だった私とはえらい違いだ。
「少し考え事をしていました。貴女にどう謝ればよいかと」
「私を覚えていなかったこと? それとも桜姫の事を考えていたこと?」
うわあ、本当に鋭すぎる!
私は少し考えて、結局『本当に謝りたい』方を選ぶことにした。
「花贈りの件を忘れていたことです。誰からいただいたのかを調べもせず、お返しもしませんでした。重ね重ね申し訳ないことをしたと」
「返花は いただいたわ」
「え?」
そんな馬鹿な。誰から貰ったかも分からないのに、どうやって返すんだ。
「本当に全部、何から何まで覚えていないのね」
困惑した私に、安芸さんが苦笑する。
うう、何ていうか……本当にすみません。
これ、恋愛イベントっていうより断罪イベントだな……
「私ね、人質なのに全然卑屈なところが無くて、いつも笑っている雪村が好きだったの。だからこんな風に困らせるのは本意ではないわ」
何て返していいか解らずに黙っている私に、安芸さんは殊更に軽い調子で笑いかけてきた。
そして覗き込むように 私を見上げてくる。
「じゃあ、これだけ思い出してくれたら 許してあげる。貴方が返花にくれた花。それだけは思い出して。……この任が終わるまでに」
「恋する女の子は綺麗」ってよく聞くけど、安芸さんは雪村の事が、本当に好きなんだなぁ。
月明かりの下の安芸さんは すごく綺麗に笑っている。
早く思い出してあげて
私は、私以上に困惑している 中の『雪村』にお願いした。
もうすぐ戦が始まる。
時間はあまり残されていない。
大雑把な用語解説
乱杭=杭をたくさん地中に埋めて、地面から出たところの端を縄で結んで障害物としたもの。本来は足を引っ掛ける目的のアイテムだけど「どうせなら踏んで足を怪我しろ」と先端を尖らせるという、雪村オリジナルのえげつない加工が施されている
逆茂木=木を切って、枝の方を敵に向けて一面に並べたもの。バリケードに使用する。「どうせなら城壁を乗り越えてきた敵を怪我させよう」と城壁内側への設置を目論んでいるので、そんなのを教えられている子供たちが えげつなく育ちそう




