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40.好感度上げと北の龍の住処 ~side S~

「先日、兼継殿に「写本をしているなら紙漉(かみす)きも視野に入れてみては」とお話してみました。姫からのご助言が生きると良いですね」


 雪村が茶に手を伸ばしてにこにこと笑っている。

 ……別に俺はそういう「ご助言」をしたつもりはないんだが……

 さりげなく周囲を探ると案の定、侍女衆(じじょしゅう)が「雪村の公認を得ましたわ!」みたいな顔で目配(めくば)せしている。

 

 気の毒に。

 その()いた紙でナニが出来上がるのか。

 知っていたらこいつだって、そんな事は言わなかった(はず)だ。



***************                *************** 


 それはともかく。

 この世界はキラッキラな乙女ゲームの世界。そして俺は天下無双の美少女主人公だというのに、攻略対象どもにやる気がなさすぎると思うんだ。


 まず先日は、雪村(メインヒーロー)に『過去の女』疑惑が浮上した。

 おまけに俺は【兼継恋愛イベント()の一】でも、派手にやらかしている。

 何がどうなってこうなったのかがサッパリ解らんが、『恋愛イベント』だったはずのイベントで、思いっきり兼継と決裂してしまったのだ。

 好感度が低い状態で無理矢理イベントを起こすと、こんな事になるのだろうか。


 このゲームにはときどき『恋愛失敗選択肢』ってのが仕込(しこ)まれている。

 例えば、恋愛イベントで攻略対象が「一緒に出かけませんか?」と誘いに来た時に「行きません」とつれない返事をした場合だ。

【兼継恋愛イベント其の一】には、そんな選択肢は無かったはずなんだけどな?


 このイベントはゲームでは「紅花翁草(べにばなおきなぐさ)(か桃か花水木(はなみずき))を贈った桜姫に、兼継が風鈴草(ふうりんそう)を返してくる」という、序盤(じょばん)のイベントらしいあっさりしたものだった。

『兼継イベント』の醍醐味(だいごみ)は、「序盤で『感謝』を意味する風鈴草を返していた兼継が、後半どれだけ熱烈な意味をもつ花を返すようになるか」ってとこだ。


 だがしかし、何度もレスバした挙句に、初っ端(しょっぱな)のイベントで「あなたとの戦いを宣言する」なんて、熱烈な意味を持つ蓬菊(よもぎぎく)を貰っちまった俺は、いったいこの先、どんな花を貰えばいいんだ?


 コレを超える熱い花ってなに? 

「死亡宣告」とか、そーいう意味を持つ花ってある?


 何で俺たちは最序盤のイベントで、こんな熱い決闘じみた()()りをしてるんだろう。そもそもあいつ『桜姫の攻略対象』だって自覚はあるのか?



 兼継イベントに失敗したので、俺はますます雪村攻略に、精を出さなければならなくなった。

 雪村イベントは少し前に起こしたばかりだから、次のイベントを発生させる為には、改めて好感度(かせ)ぎをしなければならない。


 乙女ゲームにおいて、攻略対象おまえら主人公おれのもの。

 主人公おれのものは主人公おれのもの。

 主人公姫は『安芸(モブ)』に配慮する義理なんて無いのだ。


 よーし、がんばるぞ!



+++


「雪村、今日は時間はある? 私、お(やしき)の外はまだあまり見ていないの。良かったら連れて行って?」


 可愛くおねだりすると、雪村は快く()()った。

 あいつがこっちで(ひま)を持て余しているのはリサーチ済みだ。断るわけが無い。


 ったり。



***************                *************** 


 雪村が連れてきてくれたのは、正宗に奪われた北の神龍が(まつ)られていたという、洞窟だった。

 奥には深々(しんしん)と澄んだ水を(たた)えた泉があり、そこからは鍾乳石(しょうにゅうせき)が、いくつも突き出している。


 さすが元・龍の住処(すみか)だな。

 夜明け前みたいな深青(しんせい)の水の上に、天井の隙間(すきま)から(こぼ)れ落ちた陽の光が、水晶の欠片みたいにきらきらしている。すごく綺麗だ。


「綺麗ね。こんなところ見た事がないわ」


 現世でこんな綺麗な泉は見た事がない。

 あざとかわいい演技を忘れ、俺は本気で()めちぎった。

 そんな俺に「喜んで頂けたようで良かったです」と雪村も微笑んでいる。


 しばらくぼんやりと(なが)めたところで、俺はやっと我に返った。

 しまった、これは観光じゃないんだよ。好感度稼ぎだ、好感度稼ぎ。

 

 ふと見ると泉には鍾乳石……いや、石筍(せきじゅん)といったか。水の上に突き出した飛び石みたいなものがいくつか見える。

 そして光が差し込んでいる天井の真下にも、人が乗れそうなやつがある。


 ……あの光の下で桜姫がきらきら光っていたら、男はメロメロになるんじゃね?

 何かそういう絵面(えづら)あるじゃん。宗教画ちっくな、上から天使が降りてきそーな、光の階段っつーか。

 

 ヨシ!


 俺は小袖の(すそ)をたくし上げ、うふふと可愛く笑いながら、飛び石の上をぴょんぴょん飛び移った。

 裾をたくし上げた時点で「乙女」をかなぐり捨てているんだが、この時の俺は、まだそれに気づいていない。


「危ないですよ!」


 雪村が慌てた様子で叫んでいるが、俺は大丈夫だ。

 桜姫は、絶望的にHP(たいりょく)が無いもやしっこだが、運動神経はさほど悪くない。

 それより、何より今は、好感度稼ぎだ。


「雪村、見て?」


 無事に目当ての石まで飛び移った俺は、きらきらと天井から差し込む光の真下に立ち、全力のあざと可愛さで くるりとまわって見せた。



 俺は何故、そんな余計な事をしたんだろう。

 大人しく光を受けて、聖母よろしく微笑(ほほえ)んでいれば良かったのに。



 水に()れた鍾乳石上での回転に、俺は思いっきり足を滑らせた。



***************                *************** 


 がぶがぶと大量に水を飲んだが、かろうじて俺は意識を保っていた。


 しかしアレだ。現世での男の身体なら普通に泳げるはずなんだが、桜姫の長い髪と小袖が思いっきり身体に(まと)わりつき、身動きが取れない。

 

 ぬ、脱がないと死ぬ……ッ!


 ばたばたあわあわし始めた俺の身体が、突然ぐいと水面まで引き上げられた。


 ふと気がつくと、首の後ろっつーか(えり)ぐりを、誰かの手が(つか)んでいる。

 どうやら雪村が、猫をつまみ上げるみたいな感じで、俺を引っ張り上げてくれたみたいだ。

 

 ありがとう雪村、助けに来てくれたんだな!

 

 ここは可愛く「こわかったわ!」って言いながら抱きつこう。

 そう思ったんだが。


 雪村が、普通に立っている。

 腰あたりまで水に()かってはいるが、これなら桜姫でも足がつくんじゃね……?



 ……俺はそっと目を(つむ)り、気絶しているフリをした。




 雪村は、俺の身体を(いかだ)のように、水面に浮かせて運んでいく。

 乙女ゲームだろ、お姫様だっこくらいしろよ。とは思うが、髪や小袖にたっぷり水を含んだ俺の身体は、相当に重いんだろう。


 俺は釣られた魚のように、水面をじゃぶじゃぶと進みながら腕を組んだ。


 まずいな。好感度を稼げている気がまったくしない。

 それどころか「危ない」って雪村の忠告を無視して池にドボンなんて、イベントなら好感度-10の選択肢だろう。

 


 岸辺まで運ばれた俺は、息を止めて気絶しているフリを続けた。

「ワタクシ、恥ずかしくて合わせる顔がないわ」と殊勝(しゅしょう)に考えた訳ではない。


 仮にもこれは乙女ゲーム。

 (おぼ)れて気絶した女には、「人工呼吸」の名を借りたキスイベントが来るはずだ。

 それ以外は認めない。

 いや、18禁ならもっとグイグイきてもいいが、こいつにそこまでは求めまい。


「姫」


 雪村の大きな手が、(ほほ)をひたひたと叩く。

 そのまま気絶したフリを続けていると、何と雪村の手が桜姫の胸に触れた!

 おお!? こいつ、相手に意識が無ければ、ここまで積極的になる奴だったのか!?? 初心(うぶ)な振りしていても、さすが18禁ゲームのキャラって事か……


 どきどきしながら薄目を開けると、真剣な表情で俺を見下ろす雪村の顔が見える。お前がそのつもりなら やぶさかではない。


 俺はそっと唇を突き出した。



 次の瞬間。


 俺の胸に当てられていた雪村の手が、思いっきり胸元を押してきて、俺はがふんと水を()いた。



***************                *************** 


「良かった。気付かれましたね」


 心底ほっとした顔の雪村を、俺は茫然(ぼうぜん)と見上げた。

 そうだ、こいつはさっき俺を池から運んだ時も、乙女ゲームの法則(おひめさまだっこ)を無視して淡々と的確な手法を取っていたじゃないか。

 そりゃ人工呼吸より先に、水を吐かせるよな……


「このままでは風邪をひきますね。少しお待ち下さい」


 雪村はびっちょり()れた俺のそばにほむらを召喚(しょうかん)すると、自分は濡れたまま外へと出ていく。

 池に落ち慣れている訳でもあるまいが、随分(ずいぶん)手際(てぎわ)がいいな。


 やがて戻ってきた雪村の手には、上質ではないが清潔そうな小袖があった。

 近隣(きんりん)の家から譲り受けてきたらしい。



「私は外に出ています。着替え終わったらお呼び下さい」


 そう言ってさっさと洞窟(どうくつ)を出ていく雪村を、俺はやっぱり茫然と見送った。

 そばでほむらが(あき)れて見ている気がする。そりゃそうだよな。


「お前の主人はかっこいいな」


 俺は炎虎におべんちゃらを言いながら、小袖を着替える事にした。


 雪村の警告を無視して、水に落ちただけでも好感度上げは失敗なのに、リカバリーにも失敗してしまった。

 そもそも攻略対象(ゆきむら)の前で吐くなど、女として終わった。

 

 俺、なにしにここに来たんだっけ?

 好感度上げ? なにそれ??


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