383.エンディングの先へ
『今までの依代の礼に、望みをひとつ叶える』
桜姫があの世界から居なくなったら、愛染明王が下界に居る理由もない。
憑依していた愛染明王が昇天する時、兼継殿にそう言ったそうだ。
「それで私は、お前が居る異世界への転生を望んだ。ただ、お前が『この世界』の『この街』に居る、18歳以上の娘である事は解ったが、それ以上は解らなかった。だから私は18年前のこの街に転生し、お前を待つことにした」
「……」
「なかなか難儀だったぞ。花押の霊気を追えるのは、異世界から戻った後だからな。18年近く待ち、さらに探し出すまでに半年もかかってしまった」
いつまでもぽかんとしている私に、兼継殿が心配そうな顔になる。
「私は、ずっとずっとお前に会いたかった。……嫌だったか?」
「そんなこと、ある訳ないです! 兼継殿の手を離した事を、私はずっと後悔していた。あの世界に戻りたかった。お会いできて……嬉しいです……!」
会いたかった人が目の前にいる。
生まれ変わっても変わらない 大好きだった人が。
不安そうだった表情が綻んで、兼継殿の面影と重なる。
笑い返そうと思っているのに 涙が溢れて止まらなくて。
ぼろぼろ涙を零したまま、私は前みたいに 兼継殿にぎゅっと抱きついた。
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「それに「こっち」の雪には、責任をとらないとね」
私が信じたと確信したのか、兼継殿はこっちで使っているらしい現代風の口調に変えた。
「女の人なのに、額に傷が残っちゃったでしょう」
「これは事故でついた傷です。兼継殿のせいではありませんよ」
こっちの世界での名前をまだ聞いてないから、呼び方は『兼継殿』のままだ。
ちょっと困り顔で、兼継殿が呟く。
「……あっちの世界で花押を刻まなかったら、傷が残らなかったかも知れないし」
「花押?」
「ああ、やっぱり気づいてなかったか……。『雪村』が女の人になった夜……雪に初めて逢った夜に、我慢できなくて、おでこに花押を刻印しちゃったんだ。その時の『兼継の霊気』を追って、雪を探していたんだよ」
「え? 花押を? そうだったんですか? 全然しらなかった……」
「小田原で皆に暴露した時もきょとんとしていたし、最後にふたりきりで過ごした夜も気づいてなさそうだったから、まさかとは思っていたけどさ。妻になってって何度も伝えたでしょ? まあ自覚していたらもっと自重するよね。あちこちで恋愛フラグたててくるから、本当に気が気じゃなかったんだよ。あの頃はさ」
「う……ごめんなさい」
「心配だからもう一度、しておくよ。でもこっちの世界での『約束』は、もう少し待っていて。今度は白詰草じゃなく、本物を贈るからさ」
そう言うなり、さらりと私の前髪を払って 額に軽くキスをする。
こ、こっちの世界では私の方が年上なのに、イニシアチブをとられっぱなしだ。
「兼継殿、私で遊んでいますよね。もう本当に心臓が持たないからやめて下さい」
がっくり項垂れると、額がこてんと制服の胸元にぶつかった。
本当は、泣きたいくらい 嬉しくて。
でもそんな顔を見られるのも恥ずかしくて、顔を上げられない。
おそらくそんな事はお見通しな兼継殿が、くすくす笑って やんわり優しく抱き締めてくれる。
「雪って、こっちの世界でも全然、変わらないよね。でも僕も、貴女からの約束が欲しいな」
「約束?」
「うん」
顔を上げると、優しくて、それでいて真剣な瞳の兼継殿が私を見つめている。
「待って、待って、待ちづづけて、やっと本当に望みが叶いそうなんだ。もう少し欲張らせてよ」
兼継殿の大きな左手が、私の右手を包むように繋ぐ。
この身体には霊力も、雪村の花押も無いはずなのに、花押が浮かぶ時のように ふんわりと右掌が温かくなる。
「今度こそ約束して。ずっとずっと一緒にいるって。この先の、僕の人生を貴女にあげる。だからこうして、貴女と手を繋いで生きていく権利を僕に。貴女の花押を僕にください」
星が見えない空から、桜の花びらみたいな雪が舞い落ちる。
ちらちらと降りてきた白い欠片は、熱を持った頬に触れて消えた。
頷いた私に、兼継殿が幸せそうに笑っている。
私も笑い返して そっと手を握り返した。
ああ、私はやっと見つけたのかも知れない。
バッドエンドしかなかった『雪村』の ハッピーエンドルートを。
欝ゲーだった『カオス戦国』の
大団円エンドを。
閲覧ありがとうございました。
活動報告に裏話を掲載しています。




