381.エピローグ ~越後~
「――ご老女、本当に筆を折られるのですか?」
「ご老女が書かれる『雪姫の物語』が、いちばんの人気写本でしたのに……」
神妙な面持ちで、侍女たちが部屋に集まっている。
かつてここには、毘沙門天の神子姫が住んでいた。
皆でお仕えした、楽しい思い出に溢れた部屋だ。
部屋の主が天に還って、もう三年がたつ。
寂しがる侍女衆に配慮した主君が、そのままにしてくれていたが
区切りをつけて、もう 前に進まねば。
筆を置いた越後の侍女頭は、微笑みながら皆を見渡した。
「私たちは楽しかったわね。雪深い越後の地で想像の翼を羽搏かせて、どこまでも自由だった。けれどこれはすべて、兼継様や雪村が寛容だったから。そこを忘れてはいけないわよ」
「はい」
なつかしい声が聞こえたような気がして、老女は立ち上がった。
開け放った障子の向こうでは、春を盛りと桜が咲き誇っている。
「剣神様と桜姫様、お二方にお仕えできて、伊勢は幸せでございました」
さわりと枝が揺れ、花びらが吹雪のように舞い散った。
空を見上げる老女に続き、侍女たちもひとり、またひとりと天を仰ぎ見る。
薄紅色の吹雪の中、伊勢と呼ばれた侍女頭は天に向けて微笑んだ。
「物語は いつかは終わるもの。
でも願わくば、それが幸福な終わり方でありますように」




