380.エピローグ ~真木兄弟~
「雪村、花嫁の輿入れはいつ頃になりそうなの?」
「そうですね。雪解けを待って出立するとの事でしたから、近日中には到着するでしょう」
短い髪の雪村が微笑むのを、信倖は未だ慣れない気持ちで見守る。
満開の桜を見上げ、男に戻った雪村は言葉を続けた。
「『彼女』が言っていた 三年が過ぎました。徳山が開府し、富豊は神妖寮の長として、世は安寧に過ぎています。おそらく歴史は修正されたのでしょう」
「そうだね。それに『彼女』が居なければ、こうはなっていなかっただろうしね」
冷かすような口調になった信倖を見返して、雪村も頷く。
自分なら、あのような選択はしなかった。
ならば『今』も無かっただろう。
長く病を患っていた 越前敦賀の大名・小谷吉続も、旧知の仲であった加賀清雅の『治癒』を受けた。
病が癒えた小谷は、これまでの献身的な看病の礼として、ひとりの侍女を養女に迎えている。
此度の婚姻は、治部少輔・石川美成の取り成しで決まった、その小谷の姫との縁組だ。
「しかし」
桜から視線を戻した雪村が、隣に立つ兄に向けて苦笑する。
「安芸殿からの文には、「女子のままでも良かったのに」といった内容が散見されまして。私はこれから、妻の愛情を勝ち取る努力をせねばなりません」
「ああ、それなら僕のところも似たようなものだよ。小夏は「子には絶対に『雪』と名づける」って息巻いているもの。まだ姫かどうかも判らないのにね」
顔を見合わせて、兄弟は笑った。
さらさらと 満開の桜がさざめく。
花びらが 雪のように降りそそぐ。
あれは本当にあった出来事なのだろうか。
天に還った 桜の神子姫と雪の天女。
今となっては、長い夢を見ていたかのようだ。
「さて。兄上、私は所用があるので失礼します。奥州の館殿から、鷹狩りのお誘いを受けているのですよ」
「ええ? 鷹狩り!? うわあ、一端の大名みたいだね!」
「あちらは”一端の大名”ですよ。『彼女』は私に、妻と友人を贈ってくれました。大切にしたいと思っております。――永らえた この命とともに」
微笑みながら見上げた空には、一柱の龍がゆるりと旋回していた。




