38.恋愛イベント終了と雪村の元カノ ~side S~
「……雪村は、燃料を投下しすぎだわ」
侍女衆を部屋から追い払い、俺は頭を抱えたまま、じとっと雪村を見上げた。
相変わらずこの朴念仁は、何が何やら解らない、といった表情をしている。
いや、これが普通の反応だよ。
まさか自分が小説の主人公にされているなんて思わないもんな。
俺は文箱から、いかがわしい表題を見られないように手で隠しながら、例の桃色表紙の本を取りだして雪村の前に掲げた。
「いっそ知っていた方が回避できるかもしれないから教えておくわね。これは越後の侍女衆が作った冊子。冬の間の内職にしているらしいわ」
「へえ。すごいですね」
雪村が素直に感心している。
これが侍女衆にバレただけで「公認されましたわ!」と曲解する様が容易に想像できるわ。
溜息を飲み込んで、改めて何も知らず無垢に笑っている雪村を眺める。
俺が防波堤にならねばならない。
雪村がショックを受けないような説明を、脳内で手早くまとめて口を開く。
「でも物語を作るにはモデ……いや、知っている誰かを主人公に見立てて、それに想像を加える事があるらしいの。だからね、あまりおかしなことを話すと参考にされてしまうでしょう? くれぐれも気を付けてね」
「はい。しかし私は別に、面白い事など話せていませんよ」
そっちの「おかしい」じゃねーよ!
俺は頭を掻きむしりながら、天を振り仰いだ。
雪村が心配そうに見ているが、お前のせいだぞ、朴念仁め。
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「とてもお疲れのように見えます。よくお休み下さい」
優しく俺を案じつつ、雪村は帰って行った。
げんなりして縁側に座っていると、中年侍女がにこにこと微笑みながら白湯を傍に置く。
「姫さまに写本をお渡しした侍女が喜んでおりましたわ。雪村に褒められた、と」
もう伝わってんのか。いや、本は読んでないけどな、雪村。
淹れたての白湯を飲みながら、ふと思い出して、俺は中年侍女に顔を向けた。
「そういえば、兼継殿のお花を届けてくれた侍女はあきと言うのね? 雪村とは知り合いなの?」
中年侍女にしては珍しく、若干の間が空く。やがて少しだけ俺の側ににじり寄ると声を抑えて囁いた。
「雪村があれでは知らないのも道理ですわね。姫さまにお教えして良いのか迷いますけれど、念のためお知らせしておきます。……安芸は雪村に花を贈った事があるのですわ。秋海棠でしたかしら」
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俺はそうとう驚いた顔をしたのだろう。
中年侍女が、言葉を選ぶように話し出す。
「安芸の父親は、御館の乱の折に陰虎様方につきまして、今は相模東条家に仕えております。本来でしたら安芸も一緒に戻るのでしょうが、あの娘はこちらに残ると強硬に主張したのです。今は同盟国とはいえ、乱の折に陰虎様に付いた方の娘御を影勝様の側仕えにする訳にもいかず、兼継様のお邸にお勤めする事になったのですけれど。……残ったのは、未だ雪村からの返事を待っているからだと言われておりますわ」
やばい、口に含んだ白湯が飲み込めない。
「……そうですね、例えばこれは秋海棠といって花言葉は「恋の悩み」だとか」
花贈りについて説明していた雪村は、確かそう言っていた。
あの時も「誰かに貰ったことがあるのか」と聞いてはぐらかされたけど、あいつ本当に秋海棠を貰っていたのか。
ゲーム会社ぁぁああ!
メインヒーローに元カノ設定なんて、悪手どころじゃねーぞ! それも「本人はそのことを忘れてます」なんて、女全員、敵にまわしそうな設定じゃないか。
まずいぞ。何とかして雪村に『安芸』とやらを思い出させないと。
そして今からでもいい、花返せ。……「お断り」の。
「姫さま。今の雪村は姫さまを一番大切に想っておりますよ。どうぞご安心なされませ」
白湯を飲んでるくせにまんじゅう喉に詰まらせたみたいな顔の俺を、中年侍女が気遣って励ましてくる。
何だか俺、兼継に振られた途端に雪村とヨリを戻そうとしている悪女みたいだな……
いや、俺は最初から雪村エンド狙いですよ? だから引きさがる訳にはいかないが、ちょっと気が咎めるよ。
何年も返事を待っていたんだとしたら。
桜姫を連れ帰った雪村を、『安芸』はどんな気持ちで見ていたんだろう。
雪村は秋海棠の花言葉を『恋の悩み』だと言っていたが、そんな悩ませ方は酷だろうに。
こんな設定、ゲームでは無かったぞ。
そもそも『安芸』なんてモブは出ていない。
どうなってんだ『カオス戦国』。




