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38.恋愛イベント終了と雪村の元カノ ~side S~


「……雪村は、燃料を投下しすぎだわ」


 侍女衆を部屋から追い払い、俺は頭を抱えたまま、じとっと雪村を見上げた。

 相変わらずこの朴念仁(ぼくねんじん)は、何が何やら(わか)らない、といった表情をしている。


 いや、これが普通の反応だよ。

 まさか自分が小説の主人公にされているなんて思わないもんな。


 俺は文箱(ふばこ)から、いかがわしい表題を見られないように手で隠しながら、例の桃色(ピンク)表紙の本を取りだして雪村の前に(かか)げた。


「いっそ知っていた方が回避(かいひ)できるかもしれないから教えておくわね。これは越後(えちご)の侍女衆が作った冊子。冬の間の内職にしているらしいわ」

「へえ。すごいですね」


 雪村が素直に感心している。

 これが侍女衆にバレただけで「公認されましたわ!」と曲解(きょっかい)する(さま)が容易に想像できるわ。


 溜息(ためいき)を飲み込んで、改めて何も知らず無垢(むく)に笑っている雪村を(なが)める。

 俺が防波堤(ぼうはてい)にならねばならない。

 雪村がショックを受けないような説明を、脳内で手早(てばや)くまとめて口を開く。


「でも物語を作るにはモデ……いや、知っている誰かを主人公に見立てて、それに想像を加える事があるらしいの。だからね、あまりおかしなことを話すと参考にされてしまうでしょう? くれぐれも気を付けてね」

「はい。しかし私は別に、面白い事など話せていませんよ」


 そっちの「おかしい」じゃねーよ!


 俺は頭を()きむしりながら、天を振り(あお)いだ。

 雪村が心配そうに見ているが、お前のせいだぞ、朴念仁め。



***************                *************** 


「とてもお疲れのように見えます。よくお休み下さい」


 優しく俺を案じつつ、雪村は帰って行った。

 げんなりして縁側(えんがわ)に座っていると、中年侍女がにこにこと微笑(ほほえ)みながら白湯(さゆ)(かたわら)に置く。


「姫さまに写本をお渡しした侍女が喜んでおりましたわ。雪村に()められた、と」


 もう伝わってんのか。いや、本は読んでないけどな、雪村。

 ()れたての白湯を飲みながら、ふと思い出して、俺は中年侍女に顔を向けた。


「そういえば、兼継殿のお花を届けてくれた侍女はあきと言うのね? 雪村とは知り合いなの?」


 中年侍女にしては珍しく、若干(じゃっかん)の間が空く。やがて少しだけ俺の側ににじり寄ると声を抑えて(ささや)いた。


「雪村があれでは知らないのも道理(どうり)ですわね。姫さまにお教えして良いのか迷いますけれど、念のためお知らせしておきます。……安芸は雪村に花を贈った事があるのですわ。秋海棠(しゅうかいどう)でしたかしら」



***************                ***************           


 俺はそうとう驚いた顔をしたのだろう。

 中年侍女が、言葉を選ぶように話し出す。


「安芸の父親は、御館(おたて)の乱の(おり)陰虎(かげとら)様方につきまして、今は相模(さがみ)東条(とうじょう)家に仕えております。本来でしたら安芸も一緒に戻るのでしょうが、あの()はこちらに残ると強硬(きょうこう)に主張したのです。今は同盟国とはいえ、乱の折に陰虎様に付いた方の娘御(むすめご)を影勝様の側仕(そばづか)えにする訳にもいかず、兼継様のお邸にお勤めする事になったのですけれど。……残ったのは、(いま)だ雪村からの返事を待っているからだと言われておりますわ」


 やばい、口に(ふく)んだ白湯が飲み込めない。



「……そうですね、例えばこれは秋海棠といって花言葉は「恋の悩み」だとか」


 花贈りについて説明していた雪村は、確かそう言っていた。

 あの時も「誰かに(もら)ったことがあるのか」と聞いてはぐらかされたけど、あいつ本当に秋海棠を貰っていたのか。


 ゲーム会社ぁぁああ!

 メインヒーローに元カノ設定なんて、悪手(あくしゅ)どころじゃねーぞ! それも「本人はそのことを忘れてます」なんて、女全員、(てき)にまわしそうな設定じゃないか。


 まずいぞ。何とかして雪村に『安芸』とやらを思い出させないと。

 そして今からでもいい、花返せ。……「お(ことわ)り」の。



「姫さま。今の雪村は姫さまを一番大切に想っておりますよ。どうぞご安心なされませ」


 白湯を飲んでるくせにまんじゅう(のど)に詰まらせたみたいな顔の俺を、中年侍女が気遣(きづか)って励ましてくる。

 何だか俺、兼継に振られた途端(とたん)に雪村とヨリを戻そうとしている悪女みたいだな……


 いや、俺は最初から雪村エンド狙いですよ? だから引きさがる訳にはいかないが、ちょっと気が(とが)めるよ。


 何年も返事を待っていたんだとしたら。

 桜姫を連れ帰った雪村を、『安芸』はどんな気持ちで見ていたんだろう。

 雪村は秋海棠の花言葉を『恋の悩み』だと言っていたが、そんな悩ませ方は(こく)だろうに。


 こんな設定、ゲームでは無かったぞ。

 そもそも『安芸(あき)』なんてモブは出ていない。

 

 どうなってんだ『カオス戦国』。



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