377.異世界・関ケ原31 ~美成・信倖~
漆黒に渦巻く雷雲、瞬く白光。
うねる龍の鱗が、雷光を照り返して輝く。
滝のような雨が、燃え盛る城を、燻る城下の町並みを鎮めていく。
豪雨に身を晒した 影勝と美成は、雲海を縦横無尽に泳ぐ神龍を見上げていた。
「伏見城を落城させると聞いた時は驚きましたが。雪村は最初から、これを狙っていたのですね。民を護る霊獣の神力。それをこれ以上ないほど効果的に、世の人々に知らしめた」
「……」
「神妖寮の創設に否定的な勢力も、これを見たら否と言えなくなるでしょう。ひとの力だけでは、都の大火は防げなかった」
徳山に限らず、神力に頼ることに否定的な者たちは居る。
だが、神の力は使うべき時に、適切に使えば良いだけの事だ。
堕落を恐れて遠ざけたところで、結局、割を食うのは下々の民なのだから。
――ひとの力で出来ないことは、神サマにお願いしよう。
皆が幸せになれるなら、それで良くない?――
生前の秀好が、よく口にしていた言葉だ。
「秀好様。やっと、やっと貴方が目指した世が訪れそうですよ」
濡れそぼったまま見上げた美成の目に、四柱目の龍が映っていた。
+++
窓から屋根に飛び降りると、天守の影から独眼竜がするりと舞い降りた。
「え? 独眼竜、待っていてくれたの?」
そっと伸ばした手に、片目の龍が額を擦り付けてくる。
兄上がひょいと私を抱き上げて、その背に乗せてくれた。
じっと見上げてくる兄上は、続いて乗ってくる様子が無い。
一緒に帰ると思っていた私は、面喰って兄上を見つめた。
「兄上?」
「僕は美成と合流するよ。ここでお別れだ」
軽く手を上げると、兄上の傍らにほむらがふわりと寄り添った。
金色の瞳が 私をじっと見上げてくる。
兄上が、ほむらを召喚するのを見るのは初めてだ。
びっくりしている私に、兄上が苦笑した。
「僕は真木の当主だからね。当主以外で霊獣を使役できる、雪村が特別なんだよ? さあ、行って」
ぽんと鼻先を叩かれた独眼竜が、龍体をくねらせて上昇する。
雨音に負けないように声を張り、私は兄上に向かって叫んだ。
「兄上、兄上! 今まで私を弟として扱って下さって、ありがとうございました! そしてごめんなさい!!」
兄上が何か言っていたけれど、風と雨に掻き消されて 声は聞こえなかった。
+++
「……行っちゃったね」
誰に言うでもなく、信倖はぽつりと呟いた。
『彼女』とは、それほど長く一緒に過ごした訳ではない。
だから正体に気付けなかったのかとも思ったが、穏やかなのに豪胆なところも、自己犠牲を厭わない性格も、彼の弟に良く似ていた。
それこそ、魂をふたつに分けたかのように。
傍らの炎虎が、低く唸って身を寄せてくる。
あっという間に雲に隠れて見えなくなった空を眺め、信倖は囁いた。
「ありがとう。さようなら 雪さん。僕の、もうひとりのきょうだい」




