374.異世界・関ケ原28 ~伏見~
遠くで煙がたなびいている。
戦さながらの喧騒が、微かに聞こえてくる。
雪村が向かったという徳山の居城、伏見城。
その城が炎に包まれている事に気付いた信倖は、まだ地上に降り切らぬ神龍から飛び降り、無我夢中で駆け出した。
逃げ惑う群衆に押し流されそうになりながらも、必死で城の近くまで辿り着く。
しかし城門は固く閉ざされ、周囲は武装した軍に取り囲まれていた。
「これはいったい……?」
「我々にも、訳が分からないのです。神子姫護衛の為、城の警備を固めるようにと指示されていたのですが……城から突然、火の手が」
「護衛ならば、姫をお助けすべきでしょう! 何をしている!!」
「このまま守りを固めよと、上から指示があったのです。ところで貴殿は」
素性を問われる前にその場を離れ、信倖は搦手門へと回った。
ここも多数の兵に固められている。
いざとなったら塀を上るか、と入り込めそうな場所を探していると、突然、ぐいと腕が引かれた。
驚いて振り向くと、真剣な面持ちの小夏姫が きっと信倖を見上げている。
紺の小袖に灰の袴、少年のような出で立ちだ。
「小夏姫。どうしてここに」
「信倖様こそ。……雪様が桜姫を危地に遣る訳がありません。ここに居るのは雪様だわ」
確信している様子の小夏姫は、信倖の腕を引いたまま正門へと向かった。
「姫、正面突破は無理……!」
「小夏が養父上様に会いに来ました。ここを開けなさい!」
声を張る小夏姫を、群がった兵たちが慌てて止める。
「大殿様は居られません。ここは火が回っていて危険です、お下がり下さい」
「居ない!? 嘘をおっしゃい! 養父上様が、か弱い女子を閉じ込めて、己が身の安全を図るような卑怯者だとでも言うのですか!? この不届者!! 神子姫を焼き殺したとなれば、それこそ何が起こるか判りません。山神様の怒りどころか、毘沙門天の天罰が下るかも知れない。養父上様をお諫めしなければ!」
「いや、しかし」
「黙れ! ならばお前が説得して来なさい! この国に神罰が下った時に、徳山は責任を取れるのか! そもそも養父上様の御歳ならば、とっくに惚けておられてもおかしくない!」
言っている事は無茶苦茶だが、父親譲りの迫力で糾弾する小夏姫に、警護の兵たちは怯んでいる。
その隙を突き、小夏姫は信倖の腕を掴んだまま門の中へと押し入った。
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城内では激しい炎が乱舞していた。立ち込める煙が辺りを覆い、容赦なく二人の視界を塞ぐ。二階へと続く階段の途中で、けふんと咳き込んだ小夏姫を押し止め、信倖は微笑んだ。
「小夏姫、お気遣いに感謝します。この先は危険ですから、どうかここまでで」
「信倖様。伏見城の内部構造はお分りですか? ここは信倖様の父君様にけちょんけちょんにされた家靖様が、悔しまぎれに上田城下を真似て作った迷宮ですよ」
「……大丈夫です」
たぶん。
その言葉を呑み込んで、信倖は手摺を燃やす炎の中に手を突っ込んだ。
そして驚いている小夏姫の前に、火傷のない掌を翳す。
「この炎は炎虎の霊炎。真木の血筋を焼くことは出来ません。どうぞご安心を」
「……わかりました。どうか信倖様、必ず、必ず雪様をお連れ戻し下さいませ!」
小夏姫、どう見ても、僕より雪村との方が仲が良さそうなんだよなぁ。
例えば僕が危機に陥っても、ここまで心配してくれるのかな。
内心苦笑して、信倖は小夏姫を 来た方向へと押し戻した。
「さてと」
信倖は改めて、炎逆巻く城内を見渡した。
炎虎の炎は真木の身を焼かないが、煙に巻かれれば無事では済まない。
早く見つけなければ。
信倖以上に、この城には不案内なのだ。
雪村も『彼女』も。
袖で口元を押さえ、信倖は燃え盛る階段を駆け上がった。




