371.異世界・関ケ原25 ~side S~
こうして雪は、富士山頂の社で行うつもりだった『策』を軌道修正した。
正確には『説得に失敗した時の為に用意していた策』に寄せる事にしたのだ。
まず「桜姫を捕らえた」と偽り、正宗が家靖の居城・伏見城に雪を送る。
『桜姫』として伏見城に入った雪は、家靖と対峙する前に、炎虎の霊炎で城を炎上させる。
……争いの根源となりつつある桜姫の存在を、皆の目前で、この世から消す。
ちなみに 伏見城を最後の舞台に選んだのは、現世の関ケ原でもゲームでも落城しているからだ。
『歴史の修正力』の干渉を、極力抑えたい、と。
山神の怒りを抑える義務なんてない神子姫を捕らえ、剰え自分の城で焼死させたとなれば、徳山は誹りを免れない。
そもそも朝廷も神妖寮も「生贄など無用」と公布していたのだから。
「ほむらを消滅させた。桜姫を危ない目に遭わせようとした。それにゲームでも、美成殿を処刑したり上森を没落させたり、さんざん酷いことをしていたでしょ? 放っておいたらこの世界でも、きっと同じことが起きる。どうせ現世に帰るなら『神子殺し』の汚名を徳山に着せてからにしよう」
それが雪が弄した『最後の策』だ。
「上森を逆賊として攻めた挙句に、主張していた『神社の巫女』にもせず、影勝の妹姫を死なせるんだ。徳山は上森に負い目が出来る。それで今後も上森が守られるなら、そうしようって」
今まで兼継が望んでいた『世を乱す神子姫』の消失と、徳山への貸しひとつ。
現状、考えられるベストの策だと俺は思っていたが、予想に反して兼継の顔には、ありありと『絶望』の二文字が浮かんでいた。
項垂れた兼継が、感極まったように慟哭する。
「だからと言ってお前などの身代わりに、雪が死ぬことは無いだろう……! 私は最後の別れも告げられないのか! 今からでもいい、お前が行ってお前が死ね!」
「は? なに言ってんの、あんた??」
ええと、ここで桜姫の存在を消しておきたいのは『「天変地異の抑えを手伝え」なんて言われても、桜姫は霊力が低すぎて無理』って事情も大きいんだけどさ。
しかし俺のせいだとバレては、俺の身が危険だ。
そこに気付かれる前に、俺は話をすり替えることにした。
「あんたが雪をオトしていれば、何の問題もないだろ。雪が「帰らない」って言うなら、俺だって連れて帰るつもりなんて無いさ」
俺は大きく息を吐いて腕を組んだ。
「そもそも勝手に殺すなよ。今だから言うけど、雪が元の世界に戻る方法は『俺が異世界に帰る時、一緒に連れて帰る』んだ。伏見で死ぬつもりなんてない。ちゃんと戻ってくるよ」
黙って俺を睨めつけた兼継が、低く唸る。
「城を炎上させて、どのように戻るつもりだ」
「ほむらの炎は真木には効かないじゃん。焼死なんてする訳ないだろ?」
「霊炎が身を焼かずとも、梁は焼け落ちるぞ。煙も毒だ」
「……あれ?」
「まさか本当に無策なのか!?」
俺たちは顎が外れそうなほど驚いて、顔を見合わせた。




