370.異世界・関ケ原24 ~side S~
『歴史の修正力』に逆らおうとして、事が有利に進んでしまうとは皮肉なものだ。
茂上攻めから戻った兼継の挨拶を受けながら、俺は手持ち無沙汰に扇を弄んだ。
さて、俺はここでどうすべきだろう。
雪には後悔して欲しくない。それと……こいつにも。
気持ちが定まらないまま、俺は激戦で疲れ切っているであろう執政殿に微笑みかけた。
「お疲れ様でした、兼継殿。義兄上様がお戻りになったら、改めてお褒めの言葉があると思うわ。どうか今日はゆっくり休んで」
「姫、折り入ってお聞きしたい事がある。人払いを頼みたい」
戦場さながらの闘志を漲らせたまま、兼継が見据えてくる。
――こうして対峙する事になったのなら、俺は俺の最良だと思う選択をしよう。
席を外した老女たちの気配が遠ざかるのを待ち、俺は覚悟を決めて兼継に向き直った。
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雪が兼継に話していなかった、本当の『策』。
それを伝えると、兼継は絶句した。
「では、やはり雪は、初めからそのつもりだったのか」
「うん。『桜姫』として、徳山のとこに行くつもりだった。義より利を取る性格を逆手に取って、正宗にも協力させた。上森遊軍の領地通過を表向きの条件にしたのは、念の為の保険だよ。俺らの世界では、茂上との戦が『撤退戦』で激戦だったのは本当だからさ」
すべての不幸の遠因は、拠殿の『権力への執着』だ。
それなら秀夜が関白の霊獣を継承し『神妖頭』としてでも権力を持てば満足するだろう。
「『白猿』を世のため人のために使役する事は、亡き太閤殿下の遺志に叶う。これは富豊の後裔にしか出来ない事だ」と誇りを持って役目に臨めば、この先、徳山が幕府を開いたところで揉める事もない。
富豊の安全が確保されるのであれば、美成が戦を起こす必要もなく、関ケ原は回避される。
あとは徳山が掲げる『上森討伐の正統性』とやらを否定すればいい。
それができれば、上森討伐軍は自然と瓦解する。
――それが、雪が描いた絵図だ。
「でも徳山は桜姫の存在が目障りで、こんな強引な手段に出た。今回は凌いでも、今後も上森を目の敵にするかも知れないだろ? それならその憂いを断っておきたいって」
最初の『策』を聞いた時、俺は必死で雪を止めた。
「なるべく穏便に進めたい」と、富士山の社に行く事を条件に、兵を引くよう徳山を説得するつもりでいたからだ。
ゲームでは兼継ですら弁明に失敗して、送った申し開きの文……こっちの世界の『直江状』を利用されて、戦の切っ掛けにされたくらいだ。
ゲームをプレイしていようが、現世の歴史を知っていようが、戦る気まんまんの戦国武将を説き伏せるなんて、難易度が高すぎる。
話が通じない奴には通じない。
平和ボケした現代人だって、生きてりゃあいくらでも経験がある。
聞く気が無いならますますだ。それが判らない訳がない。
「まずは出来るだけ頑張ってみるよ。説得に失敗した時の事も考えてあるし」
青い顔で呟く雪の肩を鷲掴み、俺は必死で押し止めた。
ここで失敗したら、とんでもないバッドエンドが待っている。
「前にも言っただろ? 『家靖ルート』は、『雪村ルート』の失敗から派生する。雪村が女になっている今、この世界の『雪村ルート』はフラグが折れている。家靖のルートに入る可能性があるんだ」
「……うん」
「家靖イベントは、大変エグい。桜姫はヤられまくりだし、雪村は殺される。雪のイベントが『桜姫のイベント』に準拠している事を考えたら。いや、そうじゃなくても関わらないのが吉だ。説得する前に襲われたらどうするんだよ」
契られた挙句に殺されでもしたら、本気で目も当てられない。
困惑した様子で雪が呟く。
「でも私のせいで、こっちの世界の江戸開府がなくなったら……?」
「いやあ、それこそ『歴史の修正力』の出番だろ。あいつに任せようぜ」
冗談めかして笑ってみたが、視線を彷徨わせる雪は不安そうなままだ。
そんなに気楽な話じゃないのは、お互いに解っている。
あるか無いかも判らない、難易度maxのフラグを回収しようとしていることも。
しばらく考え込んでいた雪が、吹っ切れたように顔を上げて笑い返してきた。
「そうだね。『三十六計逃げるに如かず』という諺もあるし。無理なら逃げるのも、立派な戦法だよ」




