368.異世界・関ケ原22 ~side K~
茂上の山形城攻略を命じられた兼継は、次々と周辺の支城を攻め落とし、長谷堂城へと至った。
何の変哲もない支城。だが放置した場合、山形城攻略時は背後の憂いとなる。
雪はこの小さな山城を、随分と警戒していた。
攻略に手古摺ると。
しかし、いざ長谷堂城に攻め寄せてみると、山城からは狼煙の如く、もうもうと煙が立ち上っていた。
微かに硫黄の匂いもする。
「ほむらに熱溜まりを引き寄せて貰っています。城門を吹っ飛ばせば、攻城が楽になるかなと思って」
可愛らしく物騒なことを言っていたが、これなら城を攻めるまでも無いだろう。
炎虎が引き寄せた熱溜まりで地温が高まり、城を囲む水堀が干上がっている。
周辺はぬかるんでいた、足を取られると厄介だとも聞いていたが、乾ききった田は青田刈りをするまでもなく、稲穂を枯らしていた。
「どういたしますか? 兼継様」
「これならば、城内の井戸も枯れているだろう。飢えは耐えられても乾きは耐えられまい。籠城など出来ないさ」
そうなれば、兵力の少ない山城など上森の敵ではない。
決戦に備えた山形城から 後詰が送られる筈も無いのだから。
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長谷堂城を難なく落とし、上森軍は茂上の本城、山形城へと軍を進めた。
しかしここで、想定外の事態が起きる。
「桜姫の身柄が奪われた。徳山の居城、伏見城へ移送された神子姫を取り戻す為に、影勝が三柱の神龍のみを従えて上洛した」と、兼継の元に『式』が飛ばされてきたのだ。
この戦は「茂上を討て」との詔書を受けてのものだが、大本を辿れば「天下泰平の為、天変地異を鎮めよ」との詔から派生している。
「神子姫を生贄に捧げて天変地異を抑える」のが最善とする徳山と「神の子を生贄になどしては、ますます神の怒りを買う。天変地異の抑えになどならぬ」と、他の四大老・五奉行が見解を異にしているのが戦の発端だ。
そして朝廷は【神妖寮】を創設し、神獣の霊力で噴火を抑えると方針を定めた。
それに従わない茂上に『謀反の兆しあり』と見做されたが故の現状だが、本を正せば討伐軍を挙げたのは徳山だ。
そして徳山も、長年に渡って抉らせてきた信条を、そう易々と変えられる物でもあるまい。
桜姫の身柄を押さえた場合、詔書に反しても生贄に捧げる可能性は十分にある。
ならば即時撤退し、神子姫奪還の軍を伏見城へ差し向けなければならない。
それもまた、桜姫の生家である上森の役目だ。
それに。
兼継は小さく吐息をついた。
本来ならば茂上も【神妖寮】に属するべき大名だ。このような成り行きは、誰にとっても不本意だろう。
一度、仕切り直した方が良いかも知れぬ。
そしてそれは「天変地異を鎮めよ」との朝意に叶う事にもなる筈だ。
茂上に使者を立てて一時休戦し、上森軍は急ぎ、撤退を開始した。
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「国境には泉水殿が布陣していた筈。春日山の本陣にも、多数の兵が詰めていただろう。何故、桜姫が奪われる事態になった? 一体、何がどうなっているのだ」
道中、軽く苛つきながら問う兼継に、軍配者が戸惑いがちに言上する。
「館に拐かされたらしい、と聞き及んでおります。殿が単身上洛し、采配する者が居らぬ城は混乱している。兼継様のご指示を仰ぎたいと」
「だから何故、そのような事になる。奥州まで散歩に出掛けた訳でもあるまいに。そもそも桜姫と館は、殆ど面識が……」
そこまで口にして、言葉が止まる。
雪が最後に部屋を訪れた夜。
帰したくなくて引き留めて、一夜を共にしたあの日に、雪が話していた『策』。
上森の遊軍が、館の領内を通過するのを黙認させたいと言っていた。
その為に明日、奥州に行くと。
「「遊軍を率いるのは慶治郎殿だ」と言えば通してくれると思うのです。正宗殿と慶治郎殿は親しいですから」
気楽そうに笑っていたが、館が情で動かない事は雪も解っていた。
『領地通過を黙認させる』策など、兼継を説き伏せる為の建前だ。
桜井が言っていたではないか。
雪は『桜姫の身代わり』になるつもりだと。
何故、気付かなかったのか。
行き先は、富士山頂の社などではない。
雪は館の野心をも利用して、最初から徳山の元へ赴くつもりだったのだ。
戻らなければ。今、すぐに。
遠く上方を見遣ったその時、澄んだ音と共に鎧の紐が切れた。
雪から贈られた紐が……
嫌な予感が じわりと胸を締め付ける。
その時、兼継の耳に緊張した物見の声が飛び込んできた。
「申し上げます! 茂上が休戦協定を破棄し、攻めかかってきました!」
「来たか。どうやらこちらの思惑は、伝わらなかった様だな」
遠くから聞こえる 劈くような妖狐の鳴き声。
本来の歴史とは形を変えた『撤退戦』の幕開けだった。
大雑把な用語説明
青田刈り:籠城する敵方の稲を(実る前の段階で)刈る兵糧攻め+「わあ何てことするんだヤメロー!」と激怒させて城からおびき出す戦法
後詰:援軍
本城:お殿様がお住まいの城
支城:本城を支える家臣の城
物見:戦で、敵を探ったり見張りをしたりする兵。




