表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

368/383

368.異世界・関ケ原22 ~side K~

 

 茂上の山形城(やまがたじょう)攻略を(めい)じられた兼継は、次々と周辺の支城を攻め落とし、長谷堂城(はせどうじょう)へと至った。

 何の変哲(へんてつ)もない支城。だが放置した場合、山形城攻略時は背後の(うれ)いとなる。


 雪はこの小さな山城を、随分(ずいぶん)と警戒していた。

 攻略に手古摺(てこず)ると。


 しかし、いざ長谷堂城に攻め寄せてみると、山城からは狼煙(のろし)(ごと)く、もうもうと煙が立ち上っていた。

 微かに硫黄(いおう)の匂いもする。


「ほむらに熱溜(ねつだ)まりを引き寄せて貰っています。城門を吹っ飛ばせば、攻城が楽になるかなと思って」


 可愛らしく物騒(ぶっそう)なことを言っていたが、これなら城を攻めるまでも無いだろう。


 炎虎が引き寄せた熱溜まりで地温が高まり、城を囲む水堀(ほり)干上(ひあ)がっている。

 周辺はぬかるんでいた、足を取られると厄介だとも聞いていたが、乾ききった田は青田刈(あおたが)りをするまでもなく、稲穂を枯らしていた。


「どういたしますか? 兼継様」

「これならば、城内の井戸も枯れているだろう。飢えは耐えられても乾きは耐えられまい。籠城(ろうじょう)など出来ないさ」


 そうなれば、兵力の少ない山城など上森の敵ではない。

 決戦に備えた山形城から 後詰(ごづめ)が送られる筈も無いのだから。



 +++


 長谷堂城を難なく落とし、上森軍は茂上の本城(ほんじょう)、山形城へと軍を進めた。

 しかしここで、想定外の事態が起きる。


「桜姫の身柄が奪われた。徳山の居城(きょじょう)伏見城(ふしみじょう)へ移送された神子姫を取り戻す為に、影勝が三柱の神龍のみを従えて上洛した」と、兼継の元に『(しき)』が飛ばされてきたのだ。


 この戦は「茂上を討て」との詔書(しょうしょ)を受けてのものだが、大本(おおもと)辿(たど)れば「天下泰平の為、天変地異を(しず)めよ」との(みことのり)から派生している。

「神子姫を生贄に捧げて天変地異を抑える」のが最善とする徳山と「神の子を生贄になどしては、ますます神の怒りを買う。天変地異の抑えになどならぬ」と、他の四大老・五奉行が見解を()にしているのが戦の発端だ。


 そして朝廷は【神妖寮】を創設し、神獣の霊力で噴火を抑えると方針を定めた。


 それに従わない茂上に『謀反(むほん)(きざ)しあり』と見做(みな)されたが(ゆえ)の現状だが、(もと)を正せば討伐軍を挙げたのは徳山だ。

 そして徳山も、長年に渡って(こじ)らせてきた信条を、そう易々(やすやす)と変えられる物でもあるまい。


 桜姫の身柄を押さえた場合、詔書に(はん)しても生贄(いけにえ)に捧げる可能性は十分にある。

 ならば即時撤退(てったい)し、神子姫奪還(だっかん)の軍を伏見城へ差し向けなければならない。

 それもまた、桜姫の生家である上森の役目だ。


 それに。

 兼継は小さく吐息をついた。

 本来ならば茂上も【神妖寮】に属するべき大名だ。このような()()きは、誰にとっても不本意だろう。


 一度、仕切(しき)り直した方が良いかも知れぬ。

 そしてそれは「天変地異を鎮めよ」との朝意(ちょうい)(かな)う事にもなる(はず)だ。


 茂上に使者を立てて一時休戦し、上森軍は急ぎ、撤退を開始した。



 +++


「国境には泉水殿が布陣(ふじん)していた筈。春日山の本陣(ほんじん)にも、多数の兵が()めていただろう。何故、桜姫が奪われる事態になった? 一体、何がどうなっているのだ」


 道中、軽く苛つきながら問う兼継に、軍配者が戸惑(とまど)いがちに言上(ごんじょう)する。


「館に(かどわ)かされたらしい、と聞き及んでおります。殿が単身上洛(じょうらく)し、采配(さいはい)する者が居らぬ城は混乱している。兼継様のご指示を仰ぎたいと」

「だから何故、そのような事になる。奥州まで散歩に出掛けた訳でもあるまいに。そもそも桜姫と館は、(ほとん)ど面識が……」


 そこまで口にして、言葉が止まる。


 雪が最後に部屋を訪れた夜。

 帰したくなくて引き留めて、一夜を共にしたあの日に、雪が話していた『(さく)』。


 上森の遊軍が、館の領内を通過するのを黙認させたいと言っていた。

 その為に明日、奥州に行くと。


「「遊軍を率いるのは慶治郎殿だ」と言えば通してくれると思うのです。正宗殿と慶治郎殿は親しいですから」


 気楽そうに笑っていたが、館が情で動かない事は雪も解っていた。

『領地通過を黙認させる』策など、兼継を説き伏せる為の建前(たてまえ)だ。


 桜井が言っていたではないか。

 雪は『桜姫の身代わり』になるつもりだと。

 何故、気付かなかったのか。


 行き先は、富士山頂の(やしろ)などではない。

 雪は館の野心をも利用して、最初から徳山の元へ(おもむ)くつもりだったのだ。


 戻らなければ。今、すぐに。

 遠く上方を見遣(みや)ったその時、澄んだ音と共に(よろい)(ひも)が切れた。


 雪から贈られた紐が…… 


 嫌な予感が じわりと胸を締め付ける。

 その時、兼継の耳に緊張した物見(ものみ)の声が飛び込んできた。


「申し上げます! 茂上が休戦協定を破棄(はき)し、攻めかかってきました!」

「来たか。どうやらこちらの思惑は、伝わらなかった(よう)だな」


 遠くから聞こえる (つんざ)くような妖狐(ようこ)の鳴き声。

 本来の歴史とは形を変えた『撤退戦』の幕開けだった。


大雑把な用語説明


青田刈り:籠城する敵方の稲を(実る前の段階で)刈る兵糧攻め+「わあ何てことするんだヤメロー!」と激怒させて城からおびき出す戦法

後詰:援軍

本城:お殿様がお住まいの城

支城:本城を支える家臣の城

物見:戦で、敵を探ったり見張りをしたりする兵。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ