365.異世界・関ヶ原19 ~正宗~
障子を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
遙か遠くに広がる山脈。
信濃より北にある奥州は、山の木々が色づき始めている。
中庭に降りると、空を見上げていた正宗が私に気付き、漆黒の外套を捌いてゆっくりと近付いてきた。
「正宗殿。どうぞよろしくお願いします」
女物の小袖と袴を身に付けた私は、正宗を見上げた。
正宗が、桜花に流水模様があしらわれた 綺麗な打掛を着せかけてくれる。
「美しいな。天女と見紛うばかりだ」
「あれ? 今日は『馬子にも衣裳』って言わないんですねぇ」
「あんなもの、冗談に決まっているだろう」
ふと笑った正宗が優しく私を抱き上げる。
そして傍らに降り立った独眼竜の上に、ふわりと乗せた。
いつもは後ろから抱いていてくれるけど、今日はひとりだ。
鬣を掴む私の手に手を重ねて、黒と紅の瞳が静かに見上げてきた。
「……どうしても行くのか」
「はい」
「百万石の対価を寄越せ」という正宗に提示した『対価』。
それがこれだ。
+++
「私を『桜姫』として、徳山殿に差し出して下さい。『神子の身柄確保』は十分に、百万石の価値があるでしょう」
先日の奥州で。
「正宗のところへ行く」と言った私に驚いた正宗は、私の『策』を聞いて、今度は物凄く怒り出した。
「馬鹿か。バレたらどうする!」
「バレませんよ。徳山殿は桜姫の顔を知りません。それに正宗殿の母君や長谷堂城の方々は、私を『桜姫』だと認識しています。その様に証言してくれるでしょう。母君様ならともかく、茂上家臣の方々の証言は信憑性がありますよ。ですが万が一にもバレた時は、ご自分も騙されていたと言い張って下さい」
「駄目だ、馬鹿!」
「ええ~…… これでもまだ足りないって言うんですか? 強欲ですねぇ」
「そうではない! バレたらお前の身が危険だと言っているんだ!!」
ぎっと睨みつけてきた後で、正宗は拗ねたように顔を逸らした。
「俺は『お前自身に百万石の価値がある』と言っているのに。どうして解らないんだ、この盆暗め。だが俺は、お前の願いを突っぱねるのが怖い。また嫌われるのではないかと思うと心底、心が冷える。それくらいなら共に滅びた方がましだ。……これも惚れた弱みと言う奴か」
「あれれ、気を遣って下さっていたんですねぇ。強欲なんて言っちゃってゴメンナサイ?」
「まったくだぞ、こいつめ」
てへっと笑った私の肩を抱いて、正宗がぎゅうぎゅうと締め上げてくる。
好きって言ってくれてありがとう。
冗談に紛らわせちゃってごめんなさい。
何だか泣きそうになって、誤魔化そうと肘鉄を食らわせたら、今度は正宗が涙目になって怒り出した。
正宗の手が離れ、身をくねらせた龍体が宙に浮かび上がる。
私は慌てて鬣を掴み直し、正宗に頭を下げた。
「正宗殿。今までいろいろと、ありがとうございました!」
「馬鹿! 今生の別れのように言うな! 『親友は一生モノ』なんだろう!?」
偉そうに叫んで手を上げた正宗に、手を振り返す。
正宗が 小さく 小さくなっていく。
雲に隠れて見えなくなるまで、私はずっと手を振り続けた。




