363.異世界・関ヶ原17 ~小山評定~
『神妖寮は、山神への供物は不要と判断した。至急、兵を引くように』。
予想通りの内容が記された神妖頭・富豊秀夜の花押が入った文には『天変地異の抑えは、神妖寮の管轄とする』と、朝廷から新たな勅旨が出された旨も書き添えられていたからだ。
手元の文を穴が開くほど睨みつけ、わなわなと手を震わせた家靖が、血走った目で激高する。
「この手蹟は舞田のもの、書状は偽物じゃ! そも舞田が何故、首を突っ込む? 大老であろうが【神妖寮】とは関係なかろう!!」
「舞田殿は、秀夜様の後見も兼ねていますからね。『神妖助』として補佐できない、上森殿の代理じゃないですかい?」
清雅も美成も、こんな役目を俺に振るなよ、やりづれえよ。
内心で毒づきながら、福士は居並ぶ大名に聞こえるように声を張り上げた。
「徳山殿。朝廷からの詔は「天下泰平の為、天変地異を鎮めよ」で「神子を生贄にしろ」じゃないんすよ。清雅の文によると、舞田殿他の大老も、五奉行、神妖寮も朝廷も皆、『神の子を生贄に捧げる』なんて神罰が下りかねない方法じゃなく、神子姫の助力を乞いたいって方針だそうで。上森に攻め込む必要はないと、見解が一致したらしいすよ」
「生贄ではない! 富士の社の巫女となるのは「助力」ではないのか!」
「今更、それを言いますかい。俺たちは徳山殿から「山神の怒りを抑える『供物』の必要性」を散々説かれた。そりゃあ通用しませんよ」
言葉が続かず、わなわなと震える家靖を気の毒そうに見遣った後、福士は改めて口を開く。
「そんで徳山殿には、召集命令が出たそうです。誓書が出された霊獣は【神妖寮】の――朝廷の所有物になるが、徳山殿に、真木の炎虎討伐の嫌疑がかかっている。それが本当なら惣無事令違反になりますからね。申し開きがあるなら上洛して弁明しろと。そのうちに正式な文書が、徳山殿の元に届くでしょう」
差し出された文を引き千切らんばかりに握りしめ、徳山が文面を睨みつけた。
加賀め。裏切りおって。
保身の為に儂を売り、舞田についたか。
そもそも舞田は、重い病を患っていると聞いていた。
長くは保たない死にぞこない、次に名を聞く時は訃報だろうと放置してきたが、このような事になるのなら、屠る算段をつけておくべきだった。
舞田歳家は秀好の旧友で、秀夜の後見人を務めている。
義理堅く、面倒見の良い性格は大勢の大名たちから慕われ、それ故に官位は徳山に及ばぬながらも、五大老筆頭に任ぜられていた。
その舞田からの上洛命令となれば、風向きが変わる……!
「徳山殿。舞田殿が呼ばれているんだ。いったん上方に行き、正々堂々と徳山殿の正統性をお伝えすべきじゃないですかね?」
「「神子姫を生贄に捧げなければ、山神の怒りは抑えられない」と申されるなら、そのように見解を統一しては? それを管轄する【神妖寮】とやらも創設されたようですし」
思った通り、徳山についた筈の大名たちが、口々に諫止してくる。
馬鹿どもが! 今、上森に攻め込まねば、神子姫の身柄は押さえられない!
口元を戦慄かせ、家靖は周囲を見渡した。
齢十八の神子姫は、いずれ、どこかの大名に輿入れする。
最初は一滴の血であっても、子、孫と、神の血脈が増えていく。
それは同じ『人間』でありながら、生まれながらにして、圧倒的な優劣がつくということだ。
格差は差別と歪みを生む。
何も殺そうというのでは無い。
巫女として山頂の社で、清らかなまま絶えてくれれば良いだけ。
『誰もが知る霊獣嫌い』。
それは霊力に恵まれなかった家靖の、どうにもならない劣等感が根底にあった。
黙り込む家靖の周囲では、喧々諤々の議論が飛び交っている。
大名たちは皆、このままでは己が賊軍になりかねない状況に怯んでいる。
何と言って皆を説き伏せようか。
必死で考えていた家靖の耳に、新たな報せを伝える家臣の声が飛び込んで来た。
「奥州の館殿から早馬です! 神子姫の身柄を抑えた故、伏見城に移送したとの由――!」
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神子姫の身柄を押さえたのなら、ますます攻め入る理由が無い。
評定の結果、徳山軍は越後攻めを取り止め、引き返す事になった。
ただ。
「儂は急ぎ、伏見城へ向かう。しかし上方までの道中、上森に味方した大名の城がある。常陸の東条、信濃の真木に背後を突かれぬ様、軍を分けて撤退する」
茂上攻めをしている上森が、神子姫を奪い返しに引き返してくる可能性も十分にあるが、それは茂上が足止めするだろう。
それと『百万石の密約』に釣られた館が。
徳山は一軍を信濃に先行させ、また一部を上森と同盟を組む東条の抑えに残し、急ぎ撤退を始めた。




