360.異世界・関ヶ原14 ~上方~
出された茶がすっかり冷めている。
それに手を伸ばして、清雅はふと 文机に置かれていた文に目を止めた。
「雪村殿からか。彼女は何と?」
「お前の事になど、一切触れていませんよ」
「煩いな! そんなことは解っている!!」
ぶすりと膨れて文を手にした清雅に、美成は微かに苦笑する。
「政所様の茶会で、知己になった姫君方について書かれています。協力を仰いではどうかと。どうやら過去に『近江家の姫君』の鼻緒を挿げた事があって、それから親しくしているようですね」
「近江の姫か」
「ならば皇后様の姉妹でしょう。だからといって、どうなるものでもありません」
「「政所様のお茶会には、公卿の姫君たちが多数、招かれていました。きっと皆様がお力添えくださると思います」か……。微笑ましい文だな。雪村殿の居た世界とやらは、一体どのような所なのだろう」
文に目を落としたまま、清雅が優しく微笑む。
精悍な男の珍しい表情から目を逸らし、美成は暫し考え込んだ。
「異世界では、男女が同等の権利を認められていた」と雪村は言っていたが、ここでは違う。
女性には、政治に口を出す権限など与えられておらず、どれほどに高貴な姫君であっても政治道具に過ぎない。
ただし例外はある。
柳川の橘家は、風神を従える高橋宗重が婿入りするまで、雷神を継承していた一人娘の姫君が当主を務めていた。
また越後は、剣神が女当主だった事もあり、今も女性が強い。
兼継などはそれで拗らせて、幼少期から『女性は怖いもの』と思い込んでいる節があるが……
何かが引っ掛かった。
「過去を紐解けば、尼将軍しかり傾国の美女しかり、政治に影響を及ぼした女性も居るのだが。拠殿は秀夜様を思う気持ちは人一倍だが、政治の事になると家臣に丸投げだからな」
清雅は、幼い頃から世話になってきた政所を、母のように慕っている。
それ故に『跡継ぎを生んだ』それだけの理由で、側室でありながら正室のように振舞ってきた拠殿は、敬愛の対象になり得ないらしい。
言葉に混じる微量の毒に苦笑しながら、美成は文を取り返した。
雪村からの文の何処に引っ掛かったのか……
暫し無言で文を読み返していた美成の目が見開かれる。
「……そうか」
「どうした?」
「突破口が見つかりました」
「なに? 本当か!?」
「徳山を凌ぐ官位の方が居た。その方は秀好様が関白に任官したことに伴い、天下人の妻として朝廷との交渉を一手に引き受けた。それ以来、公卿やその姫君たちとも親交が深い。その方の依頼となれば、どのような横槍が入ろうと無碍には出来ないでしょう」
「おい、それって……」
「政所様の官位は従一位。――徳山よりも上です」
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富豊秀好の死後、長らく行方知れずだった関白家の霊獣『白猿』が復活し、富豊秀夜に継承された。
同時に「霊獣を朝廷に献上する」旨の誓書が、霊獣を使役する諸大名から提出される。
それを受けた朝廷は、神獣・怨霊を管轄する【神妖寮】の創設を認可し、誓書を取り纏めた富豊秀夜を神妖頭に任命した。
補佐にあたる神妖助には、五大老にして三柱の霊獣を従える上森と、長らく市井の陰陽師を統括してきた六条が。
そして、再三に渡る誓書の提出要請を拒んだ茂上は「朝廷に対する逆心あり」とみなされ、討伐軍が差し向けられる事になった。
先陣に任じられたのは『霊獣・神龍』を従える上森軍。
「霊獣を朝廷に献上する!? 治部から何やら無礼な文は届いていたが、そのような話は初耳であるぞ。そも「山神の怒りを抑えるには神子姫の神力が必要不可欠。それを拒む上森を討伐せよ」と詔が出されたのではなかったか? その為の討伐軍だと徳山殿からは聞いていたぞ!」
思わぬ展開に慌てた茂上は、関東まで攻め上ってきていた徳山軍に、現状の説明と救援を求めた。




