359.異世界・関ヶ原13~上方~
上方での工作――それが美成の仕事だった。
「徳山と戦をしてはなりません。味方だと思っていた者に、寝首をかかれます」
異世界の歴史を知るという、『雪村の中にいる娘』はそう言った。
武力で、富豊を守る事は出来ないと。
それは鎮西までの旅路で、美成も清雅も嫌というほど思い知らされた事だった。
徳山に調略されている大名が、思っていた以上に多い。
舞田が居なくなれば、間違いなく『徳山一強』の世が来る。
そのような状況下でたったひとり 富豊を守る為に奮闘してきた美成を、清雅は申し訳ない気持ちで見遣った。
「謀略には謀略で、対抗するしか無いでしょうね」
不敵に笑っているが、美成の怜悧な顔には疲れが滲んでいる。
それには気づかぬ振りをして、清雅は口を開いた。
「古狸はお前より、一枚も二枚も上手だぞ。どうするつもりだ?」
「まずは上森討伐に、楔を打ち込みます。「内府ちかひの条々」……徳山の罪状を並べた文書を五奉行の名義で出し、徳山を弾劾する。徳山から、真木の炎虎討伐を依頼された件。証言してくれますね? 清雅」
「当たり前だ」
それは大名同士の私闘を禁ずる『惣無事令』に抵触する。
清雅自身も罪に問われる案件だが、躊躇する素振りは無かった。
「この件に関しては、徳山が惚ける可能性が高い。しかし惣無事令違反だけならいざ知らず、山神への供物として神子姫を捧げるなど、五大老・五奉行が決めて良い案件ではありません。桜姫は上森の姫であると同時に神の子。ならば少なくとも、神の系譜たる帝の命令……詔勅は必要でしょう。それも無いまま勝手に生贄に捧げる事を決め、更には反発した上森を逆賊として兵を挙げるなど。そのような傲慢が許されて良い筈がない。徳山に追随する者がいた事に驚きです」
「俺に怒るな。お前の策の為に、政則を徳山につかせたんだからな」
いつも清雅と行動を共にしている福士政則が、今回に限って単独で徳山についたのは、実は美成の差し金だった。
嘘と芝居が下手な政則には詳しい事を話していないが、彼には策が成った時に「口火を切る」役割を託している。
異世界の歴史では、この役割が重要だったと雪村は言っていた。
戦であろうが策であろうが、何事も思い通りに事が運ぶ訳ではない。
だが似たような『前例』を知る事が出来たのなら、最大限に利用すべきだろう。
それが異世界の歴史であったとしても。
しかしそれでも、どうにもならない事はある。
美成は整った眉を顰めて、手元の紙面に目を落とした。
公卿補任――歴代公卿の補任が纏められた一覧だ。
「あとは朝廷工作か」
「ええ。ここからが難題です。詔が出されるには太政官から帝に文書が奏上され、合議の上で出されます。朝議に出席する公卿に動いて貰わねばなりませんが、そこをどうするか」
「近江家はどうだ? 秀好様が関白に任ぜられる前に、猶子になっていただろう」
「金で分家はして貰いましたが、秀好様のことを『成り上がり者の関白』と嫌っていました。むしろ近江家は、徳山との方が親しいくらいですよ。これが知れたら 潰される可能性もある」
暫く黙って手元の書類を見つめていた清雅が、ふと気付いた顔になる。
「徳山殿の官位は何だったかな。それより上位の者からの依頼であれば、朝廷としても無碍には出来ないんじゃないか?」
「徳山の官位は正二位内大臣。舞田殿が従二位権大納言、上森殿が従三位中納言です。残念ながら大名で、徳山を凌ぐ官位の者は居りませんね。ちなみにこの上には正一位、従一位しかありません。そして公卿の最高位が近江家ですよ。現帝と親戚関係ですからね」
まいった、といった様子で清雅が両手を上げた。
官位は前田利家が亡くなった年(1599年)のものを採用しています。




