357.異世界・関ヶ原11 ~side S~
「これ、渡しておくよ」
雪が奥州に発った後、俺は兼継を呼び出した。
読み込まれてヘタレた『孫子』を差し出すと、案の定、不審そうな顔になる。
「これは私のものではない。雪の私物ではないか?」
「ああ、うん。あんたに渡しておいてくれって預かったんだよ。ええと……いずれそっちに嫁入りするんだしさ、あんたが持っていたら?」
これ、実は雪の形見分けみたいなモンだ。だがそれがバレたら面倒な事になる。兼継を騙し切る自信が無い雪は、それで俺に託して行ったんだが……
「雪ならば先日、私の邸に来た。何故、本人から渡さない?」
「そんなの、俺が知るかよ」
「――何を隠している」
勘が鋭い執政サマは、ぎりりと俺を睨みつけた。
+++
「迂闊にも聞きそびれていたが、お前は知っているのだろう。『雪村に戻る方法』を教えろ。いや、あの娘が『元の世界に帰る手段』か。それを教えろ」
「いやあね、兼継殿。お顔が怖いわ?」
俺は扇を弄びながら、ほほほと笑った。
心臓はばくばくしているし、背中には滝のような汗が流れている。
ようするに
殺気がすごい。
それに気付かない振りをして、俺はつらりと言い放った。
「お前、天女がナントカって言っていたじゃん。アレ、どうなったの?」
「……っ!」
兼継がぐっと押し黙る。
おい、どうした? 俺にはカッコよく「雪自身に「ここに残る」事を選んで貰いたい」なーんて言っていたくせに。
いつも素直で優しい雪が、この件に関してはこんなに頑なに願いを聞き入れてくれないなんて、兼継からしたら想定外だっただろう。
権力持ちのイケメン様は、女で苦労した事なんて無いんだろうなぁ……
ぐぬぬと黙り込んだ兼継が、ぷいとそっぽを向いた。
俺には塩対応しかしないこの男が、酸っぱすぎる梅干しを食わされたような顔をしている。
……え? やだちょっと、面白い。揶揄いたい。
あまり調子に乗ると 俺の身に危険が及ぶ。
それは解っている。解ってはいるが、こんなチャンスは滅多に無いのだ。
もう少し、イジりたい。
俺は大袈裟に溜め息をついて、哀れな者を見る目つきで兼継を見遣った。
「情けないなぁ。あれだけ忠告しておいたのに。結局あんた、雪をオトせなかったのか……」
「そのような訳があるか! 雪は、私を愛していると言ってくれた。ずっとそばに居ると!」
「お、おう。そういうのはふたりきりの時にやってくれ。まあ、それなら自信を持ちなよ。俺だって、雪が「帰らない」って言うならそれを尊重するさ」
「……だがしかし。僅かでも不安要素があるならば、今のうちに潰しておきたい」
「自信ないんじゃん」
イケメン様がツッコミを無視したので、俺はそのまま言葉を続ける事にした。
「前にも言ったと思うけど『雪が帰る』ってのは、まだ確定じゃないよ。あんたが雪を心変わりさせればいいだけだ。それに今なら『別の未来』に進む可能性もある」
励ますように言った言葉に、兼継がぴくりと反応する。
「……別の未来?」




