356.異世界・関ヶ原10
「何だ。館家に輿入れする覚悟でも固まったか」
窓辺に座っていた正宗が、やさぐれ気味にぐしゃぐしゃと髪を搔き乱した。
言って後悔するなら、最初からしなければいいのに。
その近くに座り、正宗を見上げる。
「輿入れは無理ですよ。言っていなかったかもしれませんが、私はちょっと病を患っていまして。今はこのような身体ですが、元々は男なのです」
「おい。つくならもっとましな嘘をつけ」
「嘘ではありません」
「巫山戯るな! 俺を騙してまで、直枝に尽くしたいのか!」
窓辺から離れて、ずかずかと近寄ってきた正宗が、突き飛ばすように私を押し倒した。
衿元を締め上げて、黒と赤の両目がぎりっと見下ろしてくる。
怒りに揺れた両の目を 私は静かに見返した。
「そんな嘘をつくほどに、俺では駄目か。お前の縁組をぶっ壊すには、どうしたらいい? ――祝言を上げる前にこの身を穢せば、お前は俺のものになるのか?」
「そんな事をしたら、もう遊んであげません」
「!?」
こっちが逆にびっくりするほど正宗が怯んで、私は笑いたいのをぐっと堪えて身を起こした。
そんなに怯むなら、最初から悪役ヅラなんてしなければいいのに。
厨二病設定も大変だなぁ。
「慶治郎殿から聞きましたよ。正宗殿はお友達が居ないから、気を引きたくてそういうコトをするんだって」
「なにい!? あいつ、俺を何だと思っているんだ! 食客としてタダ酒タダ飯を、存分にかっ食らわせてやっていたのに……!!」
「そういうとこです。モノで釣って友達作りなど、情けないと思わないのですか」
「!!?」
心臓に3発くらい鉛玉をくらったような顔をして、正宗が私を凝視する。
耐えきれずにあははと笑いながら、私はにやりと悪い顔をした。
「――私の『親友』の座。欲しくはありませんか、正宗殿? 妻は破談になれば赤の他人ですが、『親友』は一生モノですよ?」
正宗の 顔色が変わった。
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「ふっふっ、ふざけるなあ!! おおお、お前の友になど、どれほどの価値があると思って言っている!? だいたいそのような事、あの直枝が許すと思うか!!」
あれ? 冗談で言ったのに、意外と交渉の余地あり?
顔を真っ赤にしてぜえぜえ肩で息をする正宗を、私は笑って見返した。
「言われてみればそうですね。では私が男に戻ったら『親友』になりましょう」
「はあ!? まだ言うか!!」
「愛情数値は兼継殿の方が上ですが、友情数値は正宗殿の方が上ですよ、たぶん。そしてきっと『雪村』も、正宗殿と仲良くなれると思います」
笑っている私を、正宗が真顔で見返してくる。
『愛情数値』だの『友情数値』だのと、言っている意味が解らなかっただろうに、正宗は聞き返す事なく ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
だから私も伝えなかった。
――友達には『絶交』がありますけどね、と。
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「よし、解った。だがお前の『親友』として言わせて貰うが、徳山殿は恐ろしい方だぞ。上森遊軍の領地通過を黙認すると言うことは、徳山殿との約諾を破ることになる。俺は館の当主として、それだけでお前の策に乗る事は出来んな。百万石だぞ、百万石!?」
欲に目が眩んだ顔でにやにやしている正宗を、私はあきれて見返した。
私だって『オトモダチの約束』程度で全部解決するとは思っていなかったけど、ちゃっかり『親友』ヅラしつつ『それだけじゃ足りない』と足元を見てきたぞ。
私はしょぼんとした顔を作って、正宗を見返した。
「え……っ。オトモダチのお願いを、聞いてくれないのですか……?」
「今更、そんな顔をしても無駄だ。金の切れ目は縁の切れ目。『親友』だからこそけじめはつける。百万石をふいにして欲しければ、それに見合った対価を寄越せ」
「対価?」
「領内の通過は見逃してやる。その事で発生する不利益は、お前との友情で相殺にしよう。ならば失う百万石の代わりに、お前は何を差し出す?」
ジャイアニズム全開で、正宗がにやりと笑う。
……あ、なるほど。最初からこのつもりで……
「百万石の喪失が、その”不利益”じゃないんですか?」
と突っ込みたかったけれど、そこはぐっと我慢して、私はしおらしく項垂れた。
「正宗殿に先義後利の精神は無い。『義』より『利』を取ると兼継殿がおっしゃっていましたが、『友』より『利』を取るのですね……」
「当たり前だ。『義理張るより頬張れ』という諺を知らんのか」
よよよと泣き真似をした私の頬を、正宗が呆れ顔で もにもにとつねる。
そして「慶治郎から何と聞いているかは知らんが」と、ぼそりと呟いた。
「俺は親の愛を知らん。だから『愛』がどのようなものかよく解らん。だが「お前が好きだ」というこの感情が、『それ』ではないかと思っている。本音を言えば、親友などでは足りん。お前自身が欲しい。友情も愛情もすべて独占したい。俺の元に来てくれるなら、喜んで百万石と相殺にしよう。――上森殿に寝返っても良い」
「……本気ですか?」
私は黙って 正宗を見返した。
正宗もじっと 私を見返してくる。
しばらく見つめ合った後、私は静かに口を開いた。
「わかりました。正宗殿のところに行きます」
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「首尾よくいったのかい? 姫さん」
「はい。正宗殿の協力は取り付けられました。次は美成殿たちの番です」
西に沈んでいく夕陽に、私は少しだけ目を細める。
夕陽の方向――上方では、美成殿と清雅が動いている。
すべてが上手くいけば 関ケ原の結末を変えられるはずだ。




