355.異世界・関ヶ原9
翌朝。私は兼継殿のお邸から、そのまま奥州に向かう事になった。
慶治郎殿も一緒についてきてくれる事になり、道すがら、昨夜兼継殿に伝えた策について話している。
遊軍をお願いする事になるかもしれません、と。
すると慶治郎殿が、呆れたような顔をして 私を見た。
「姫さん。まさか兼継と一晩中、そんな話をしていたのかい?」
「いえ、ちゃんと寝ましたよ? 元気はつらつです」
「そうかい…… そりゃ本当に眠っちまったんだな」
兼継も気の毒に、と慶治郎殿は眉をハの字に下げているけれど、私は契ると男に戻るんです、と生々しい話をする訳にもいかない。
笑って誤魔化しているうちに、私たちは正宗の居城・仙台城に到着した。
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通された奥の客間は、豪華絢爛な設えだった。
さすがオシャレに定評がある館家のお城……そんな事を考えながらきょろきょろ室内を見まわしていたら、正宗が部屋に入って来た。
上座に座り、居丈高に踏ん反り返った正宗が、いきなり本題に入る。
「俺は徳山殿につく。それは知っているのか」
「はい」
「ふっ さすがだな。真木は、忍びを使った情報収集に長けていると聞く」
「……」
ゲーム情報です。
とは言えず、こほんと咳払いをして誤魔化し、私は改めて正宗に向き直った。
「正宗殿。此度はひとつ、お願いがあって参りました」
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「――はあ? 上森の遊軍に、俺の領地を通らせろというのか?」
「はい。通過を黙認して下さるだけで良いのです」
「馬鹿も休み休み言え。俺は徳山殿につくと言っている。ましてや上森が攻めようとしているのは、茂上の山形城だろう。俺の親戚だぞ? その軍の側面を突こうとしている敵方の軍を、俺が見逃すとでも思っているのか!」
「ええ~……茂上とは仲が悪いじゃないですか。共に手を携えて妖狐討伐をした、あの日のことはお忘れですか?」
「何を言っている。討伐したのはお前だろ。俺はワルクナイ」
「母君様に会いたいが為に妖狐を一柱、消したのですよ? 茂上さんは、正宗殿が黒幕だと思っているに決まっているじゃないですか。大丈夫、仲、ワルイワルイ」
「ええい、黙れ! 上森との仲よりマシだ!」
きっ と私と慶治郎殿を見据えた後、正宗が私に視線を戻して、おもむろに口を開く。
「真木雪村。お前はいつから上森の家臣になった? 俺の想いは知っている筈だ。直枝の為だというのであれば、尚更、そのような頼みなど聞きたくないわ!」
「おいおい正宗、ここは男を上げようぜ? 笑って「おめでとう」と言える度量がありゃあ、姫さんもたまには遊んでくれるさ」
「遊ぶって…… 餓鬼か!!」
きいいと正宗ががなり立て、慶治郎殿が、はははと笑って往なす。
放っておいたら慶治郎殿が話をまとめてくれるんじゃないかなぁ、とぼんやり成り行きを見守っていたら、顔を真っ赤にした正宗が私を睨みつけてきた。
「俺のところへ戻ってきたんだ。今度は覚悟が出来ているんだろうな?」
「はあ。覚悟とは」
「お前はまだ、祝言を上げた訳じゃない。……今度は逃がさん」
悪い顔をしてにやりと笑う正宗を、私と慶治郎殿は 無表情で見返した。
「隣の慶治郎殿が見えていますか? 状況を読まず、いきなり悪役に浸ったりするから餓鬼扱いされるんですよ」
「いやあ、まさかとは思ったが、本当に言うとはな! 道理で兼継が「ついて行け」って言う訳だよ!」
「ええい、五月蠅い五月蠅い!! もういい、お前ら。帰れ!!」
顔を真っ赤にした正宗が、頭を掻きむしってブチ切れた。
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正宗に追い出された後、私たちが案内されたのは、小重郎さんの執務室だった。
お礼を伝えようとした私を制して、小重郎さんが深々と頭を下げる。
「貴女に礼を言われるような事はしておりません。その節は、大変ご迷惑をおかけしました」
凛とした佇まいの小重郎さんは、上手く説明できないけれど、やっぱりどこか 兼継殿に似ている。
……それは要するに、館家のことを誰よりも考えているって事で。
案の定、小重郎さんは予想通りの返事をした。
「しかし、それとこれとは話が別。徳山殿は我が殿に「無事、山神の怒りを抑える事が出来た暁には、館の領地を百万石に引き上げる」とお約束下さいました。上森の神子姫様をお気の毒に思う気持ちはありますが、館には関係の無い事です」
小重郎さんは、考えの読めない表情で淡々としている。
私と慶治郎殿は、お互いに顔を見合わせた。
ゲーム通りに上森軍が撤退を始めたとしたら、間違いなく茂上は攻めてくる。
霊獣・妖狐を投入しての大激戦だ。
何としても、遊軍の進軍経路を確保したい。
館領通過を黙認して貰いたい。
……正宗にそれを呑ませ、小重郎さんを納得させる。
それには対価が必要だ。
「支倉殿。もう一度私に、正宗殿と話をさせて貰えませんか? ――今度はふたりきりで」




