353.異世界・関ヶ原7
越後滞在最後の夜。私はこっそりと兼継殿のお邸を訪れた。
「今日は珍しく、お早いご帰宅よ」と直枝邸の侍女から連絡を受けて来たけれど、出掛ける予定があったらしく、兼継殿は外着の羽織を羽織っている。
しまった、タイミングが悪かった!
「夜分遅くに申し訳ありません、突然お邪魔して。……お出掛けですか?」
「いや、用事は済んだ。どうかしたか?」
「ええと、少しお話がありまして」
帰宅後だったか、よかった……
ほっとして、私は促されるまま兼継殿の向かいに座った。
桜井くんの話については、まだ私の中で消化しきれていない。
でも今後、どんな選択するにしても、必ずやり遂げなければならない事がある。
私は『兼継殿が不幸にならない未来』を、必ず手繰り寄せる。
だから、最後の選択について考えるのは もう少し後にしよう。
気持ちを切り替えて、私はさっそく口を開いた。
「今後の戦についてですが……」
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「――我々が茂上を攻めるとなれば、惣無事令違反になるだろうな。たとえ背後の憂いを断つ為であっても、私闘は私闘だ」
『もしも徳山軍がこのまま撤退したら、上森はどう動くか』
それを訊ねると、やはり兼継殿は「徳山軍の背後を突く前に、茂上を攻める」と言った。
ゲームの展開と同じだ。
「では、兼継殿に知っておいて頂きたい事があります。私の世界の歴史では、上森と徳山が戦になる事はありませんでした。その代わりに上森は、長谷堂城に攻め入っています」
「長谷堂城? 山形城の手前にある山城か? 茂上を攻める前に、確かに攻略せねばならぬが……」
長谷堂城を放置したら、背後を突かれる可能性がある。でもあんな小さな山城、簡単に落とせるだろう? って顔つきだ。
史実の直江さんも、そう思っていたんだろうなぁ。
「私の世界の歴史では、長谷堂城の兵は徹底的に籠城します。効果的に夜襲をかける事にも長けていました。巨大な熊も、首を引っ込めた小さな亀には攻めあぐねるでしょう。……お話したいのは、この件についてです」
真剣な顔つきになった兼継殿に、私は居住まいを正して話を続けた。
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茂上の霊獣・妖狐の弱点。そして長谷堂城に熱溜まりを引き寄せている事などを伝えると、兼継殿が小さく息を呑んだ。
「……あの時はその為に、館の元へ行ったのか」
私は慌てて首を横に振る。
「兼継殿もご存じの通り、これは『歴史の修正力』が発動する案件です。上手くいくかは解りません。それでも私は この戦の結末を変えたい。その為に出来るだけの事をしたいのです」
「お前の尽力には感謝する。だがこれは上森の戦だ。これ以上の助力は無用。お前はお前の戦をしろ」
「兼継殿……」
「「上森の遊軍が館の領内を通過するのを黙認させたい」と言ったな? その交渉の為に奥州へ行くと。お前がそのような事をする必要は無い」
「「遊軍を率いるのは慶治郎殿だ」と言えば通してくれると思うのです。正宗殿と慶治郎殿は親しいですから」
「情で館は動かん。奥州に乗り込んで、また囚われたらどうするつもりだ。お前は危機感が足りなすぎる」
表情を曇らせて吐息をつく兼継殿に、私は明るく言い張った。
「大丈夫ですよ。正宗殿にはもう、そのような気持ちはありません。私は兼継殿のお役にたちたいのです。どうかやらせて下さい」
「駄目だ。お前を信じぬ訳ではないが、館は信用していない」
うう、ゲームでも兼継殿と正宗は仲が悪い設定だったけど、こっちの世界でも、そこは変わんないな!
でもここで諦める訳にはいかないし、兼継殿に内緒で行ったら、また拗れる。
それは困る……。
あれこれ説得してみたけれど、兼継殿は首を横に振るばかりで、どうしても納得してくれない。
どんなに頑張って話しても、説き伏せられない。
どうしたらいいだろう。どう伝えたら……
万策尽きて 黙り込む。
長い 長い時間が過ぎていく。
やがて兼継殿が 小さく吐息をつく気配がした。
「……私の為の助力だという事は、十分に理解している。お前の尽力は、上森に資するところが大きいとも。解っているのだ。私はただ、お前を失うのが怖いだけなのだと。馬鹿だな。我を張って、お前に嫌われては元も子もないというのに」
「兼継殿……?」
「だが、お前を館の元へなどやりたくないのは本心だ。約束してくれ。決して無理はしないと。そして必ず、私の元へ戻ってくると」
「分かりました。必ず戻ってきます!」
よかった、折れてくれた!
ほっとして、私は兼継殿を見上げて笑った。
それじゃあ私も、最後の仕掛けに移ろう。
これが失敗したら、策が根本から覆る。気合い入れてやらなきゃ。
よーし、頑張るぞ!
ふと気が付くと、長かった蝋燭が 溶けて短くなっている。
おそらくもう真夜中だ。
策の説明と了承だけのつもりだったのに、結構、時間がかかっちゃったな。
「では兼継殿、私はそろそろお暇します。このような時間までお時間を取らせて、申し訳ありませんでした」
「待て。このような遅い刻限になって、お前を外になど出せるものか」
「大丈夫ですよ。ほむらも居りますし」
あははと笑って立ち上がりかけると、少し拗ねた表情をした兼継殿が 私の腕を掴んだ。
「……いい加減、察してくれ。「帰したくない」と言っている」




