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350.異世界・関ヶ原4 ~side S~

 

「関ヶ原のターン、俺たちは無敵状態」


 罪悪感に押し(つぶ)されそうな雪を見ていられなくて、ああは言ったが……

 頭を振って、俺はもう一度、今の状況を整理した。


『雪村の死亡回避』を最優先に考えていた俺たちは、『カオス戦国』で唯一、雪村の死亡が確定していない『兼継ルート』に進もうとしていた。

 だが俺は、兼継どころか、攻略対象全員と恋愛イベントに失敗してしまい、今は喪女ルート……いや『通常ルート』に進んでいる。


 俺自身は、誰とも『恋愛イベント』を起こしていない。

 だが正宗や清雅と出会い、奴らの好感度を(かせ)いだ雪に、ゲームとよく似た『恋愛イベント』が発生している。

 そして(ゲームでは桜姫との間にそんなイベントは無かったが)雪との好感度が一番高いであろう兼継には、『婚約イベント』まで発生した。


 何といっても『婚約』だ。

 この世界は『兼継ルート』に進んでいる可能性が高いと考えていいだろう。

 だとしたら……



 +++


「雪……大事な話があるんだ」


 人払(ひとばら)いをした部屋に呼び、俺は改めて雪に話しておくことにした。

 もしも俺の考え通りなら、話すのは早い方がいい。


「あのさ。前に「雪がイベントを起こしているから、この世界は『兼継ルート』に進んでいるんじゃないか」って話をしただろ?」

「う、うん」

「それでもしも本当にそうだった場合、『兼継ルート』は”関ケ原の後、桜姫が天に還るエンディング”だ。エンディングを迎えたら、俺はもうここに来られなくなる。現世に帰るなら最後のチャンスだ。……ここに残るか一緒に帰るか、それまでに決めておいて」

「え……?」

「どのルートに進んでも『関ケ原合戦』発生が確定なように、兼継と結ばれるのが誰であろうが、『兼継ルート』のラストは“桜姫の昇天”だと俺は思う。それを念頭に置いておいた方が、いざって時に対処し(やす)いだろうからさ」

「そんな…… 急すぎるよ……」


 戸惑ったように、雪の視線が彷徨(さまよ)っている。

 そうだよな。大阪夏の陣まで猶予(ゆうよ)があると思っていたもんな。


 俺だって、こんな大事な決断を()かしたくない。

 こんなに早く、雪を置いて帰りたくない。

 心の準備が出来てないのは、俺だって一緒だ。


 俺は俺自身を納得させる為に、表情を(やわ)らげて雪の肩に手を置いた。


「まだ時間はある。10月21日、ゲームで関ヶ原合戦が終わった日に、夏桜の下で待っているよ。大丈夫、『雪村』はお前に、残りの人生を託すって言ったんだ。ここに残ったって誰も責める奴はいない。俺は雪がどんな選択をしても支持する。後悔しない方を選びなよ」



 +++


 それから数日間、雪は文机の前に座ってぼんやりしていた。

 机の上には本が置かれているが、(ページ)はまったく(めく)られない。


 ショックなのは解る。だがこんな風に時間を浪費させる為に話したんじゃない。

 俺は雪に、後悔して欲しくないんだ。


 ああもう! 何をやっているんだよ。

 越後に居られる時間も限られているっていうのにさ。


「雪」


 我慢出来なくなり、向かいに座って声をかけると、目が覚めたような顔をして、雪がこっちに向き直る。


「あ、うん。どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。ここでぼけっとしている暇があるなら、兼継とデートでもしてきなよ。雪だって、いつまでもこっちに居る訳じゃないんだしさ」

「兼継殿、戦の準備でそれどころじゃないよ」


 苦笑した雪は、(しばら)くそのまま考え込んだ後で、文机の上に置かれていた本を俺に差し出した。


「これ、預かっていてくれる? それで桜井くんから、タイミングを見て兼継殿に渡しておいて欲しい。形見分けって言うか……今までお世話になったお礼に」


 読み込まれてボロくなった孫子。雪が持っている 唯一の兵法書だ。

 ぼんやりしていると思ったら、そんな事を考えていたのか……


 どんな顔をしていいか解らなくて戸惑っている俺に、雪が照れくさそうに笑う。


「兼継殿の部屋、もともと本で埋まっているし。一冊くらい増えても邪魔にならないかなって」

「……いやあ、そういうのは自分で渡しなよ」


 やっぱり『帰る』って意思は変わらないんだろうか。

 俺としては「ここに残ってもいいんじゃないか」と「連れ帰りたい」気持ちが半々だが、そもそもこれは俺が決められる事じゃない。

 そして雪を引き止められるとしたら……


 そっと本を押し返した俺は、思わず息を呑んで、まじまじと雪を見返した。

 凜とした表情からは、さっきまでの(ほう)けた雰囲気が消えていたからだ。


「この前、桜井くんと話をしてから。あれからずっと考えていたの。この世界は、ゲームとは違う展開になっている。起こる筈だった『イベント』が変わっている。だから『歴史の修正力』が働くのは そのせいだと思っていたけれど……。結局、この世界は『修正』を受け入れてこなかった。それはもしかしたら、この世界自身が『変革』を望んでいるんじゃないかって」

「この世界が、変革を?」

「それなら私が『雪村』として転移した事にも、女のまま過ごして来た日々にも、きっと意味がある」

「意味?」

「うん。『桜姫』としてじゃなく、攻略対象たちと絆を深めた意味が。『雪村』でなければならなかった理由が。おそらくそれが『新しいルート』を開く鍵になる。その可能性に賭けてみたい。上手くいくかは判らないけれど……関ヶ原、私に策がある。協力してくれる?」



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