346.正宗再々来5
「宝玉の在り処を探る。お前も来い」
「ええ? 家探しをするって事ですか? そういうのは上森の関係者と一緒の方がいいです。私じゃなく、兼継殿に声をかけて下さいよ」
「お、お前は俺に、直枝を誘えと言っているのか!?」
「言っていますとも。そういうコトをこっそりしたがるから、盗っ人呼ばわりされるんですよ」
くっ……! とぐうの音も出ない様子で、正宗が押し黙る。
暫くそっぽを向いていた正宗が、やがてこちらを見ないまま、ぽつりと呟いた。
「お前はいずれ、直枝の妻になるんだろう。それなら怒られないんじゃないか?」
「……」
今度は私が詰まる番だった。
そうくるとは思わなかったし、例えそんな話が出ているとしても、今はまだそうじゃない。そもそも……
「桜姫をお誘いしましょう。姫は影勝様の妹君ですから」
ここは上森家。
兼継殿のお邸じゃないから、やっぱり家探しなんて無理ですよ。
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「あの小猿? 霊獣だったの?」
小猿は随分と前から奥御殿に姿を現していたらしく、桜姫も知っていた。
影勝様によく懐いていたそうだ。言われてみればそんな話を聞いたことがあったような……
桜姫の案内を乞うでもなく、眼帯を取って霊力を探っていた正宗が、邸の奥へとずかずか進み、最奥の納戸をからりと開ける。
そして周囲を見渡し、棚に置かれたひとつの桐箱を手に取った。
綺麗な組紐で締められたそれには、茶器が入っているようだった。
蓋を開けようとした正宗が、ふと手を止める。
「この組紐に、呪いが施されているようだな。ん? ……蓋に書かれた日付、富豊の花押……。これは形見分けで渡された品じゃないか?」
「そのような」
ものを勝手に開けてはマズいのではありませんか? やはり影勝様の許可を得てからの方が。
そこまで言う暇も無く、正宗がさっさと紐を解き、封印をぶち破った。
「ちょ、待っ……!」
「見ろ」
指し示された桐の箱には、茶器の銘が書かれてある。
そしてその上蓋には、さらに霊符が貼り付けられていた。
「……」
「厳重だな」
三人で顔を見合わせた後、ひとつ頷いた正宗が箱の蓋に手をかける。
霊符を破って開けた箱の中には。
ひとつ珠が足りない 黄金の数珠が入っていた。
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「上森殿は武門の出。茶を嗜まない事は、秀好様もご存じでした」
影勝様の趣味が刀剣集めで、多くの名刀を所持しているという事は、上方でも有名だったそうだ。
それなのに、形見分けに茶器を選んだ秀好に、美成殿が聞いたらしい。
「上森殿には茶器でよろしいのですか? 茶会となれば、いつも直枝が代理で出席していますが」
「だからこそじゃ」
その時は美成殿も、どういう意味なのかは解らなかったそうだけど。
茶器に興味がなければ、そのまま放置される可能性が高い。
『白猿』の行方を眩ませるには持ってこいだと考えたのかも知れない。
けれど、たとえそうだとしても……
「形見の品を見ることもせず、納戸に突っ込んでおく上森殿もどうかと思うがな」
正宗が、皆の気持ちを代弁するかのように常識的な事を口にして、私も桜姫も 押し黙るしかなかった。
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見つかった数珠は、美成殿が持ち帰る事になった。
一旦、政所様にお返しするらしい。
「これについては、少し考えがあります。いずれ上森殿の助力も乞う事になるでしょう」
小猿の頭を撫でている影勝様が少し寂しそうで、いつもだったらそんな事に頓着しない美成殿が、珍しく代替案を申し出た。
「俺の城の近くにある湖に、ビワコオオナマズという魚がいます。猿の代わりにはならないでしょうが、上森殿は鯉もお好きと聞いた。これを代わりに」
「美成。気持ちは有難いが、大鯰が滝を昇り切っても龍にならない」
ここの鯉、『登竜門の故事』を意識して飼われているからね。
兼継殿がさらりと突っ込んだ。
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こうして 長らく行方不明だった富豊家の霊獣、『白猿』の宝玉は見つかった。
そしてそれを喜ぶ間もなく、私たちを取り巻く状況は 激変していくのだった。




