345.正宗再々来4
「では正宗殿、頑張ってきて下さい。これも世のため、人のためです」
翌朝。
にやにやしながら送り出そうとする私を、ぶすりとした正宗が睨みつけてくる。
独眼竜を見上げた清雅が、感慨深げに呟いた。
「白猿で『歪』を通った事なら何度もあるが、龍で空を飛ぶのは初めてだな……」
「はあ!? おま、いや貴殿も来るつもりか!??」
「当たり前だ。こちらからお願いしているというのに丸投げなど、出来る訳が無いではないか」
「あっ、清雅殿。私は龍に乗った事がありますよ。落ちると危ないので、正宗殿が後ろから抱き支えてくれます」
「そうか。では俺もお願いしよう」
「な、なに!?」
力瘤をひけらかしながら、清雅がにこりと正宗に笑いかける。
引き攣った正宗を指差した美成殿が、涙目でげらげら笑っていて、そんなカオスな遣り取りを、慶治郎殿が呆れ顔で眺めていた。
「よぉし、待て! まずはここら近辺を探る! いきなり全国巡りなど出来るか。右目が保たん!!」
清雅から距離をとりながら、正宗が眼帯を引っ剥がした。
旅に出た振りをして、そのまま奥州に帰るつもりだったようだけど、そんな事はとっくに見透かされていたと やっと気付いたらしい。
げんなりとした表情で、手渡された『白猿の欠片』をじっと見つめた後、あちらこちらと視線を彷徨わせる。
やがて北東方面を探っていた正宗が、ぽつりと呟いた。
「……越後に、似た霊気があるぞ」
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越後の御殿・執政の執務室、松の間にて。
どやどやと押しかけた私たちを一瞥し、兼継殿が額を押さえて溜め息をついた。
「なかなか戻らないとは思っていたが。雪村、慶治郎。くれぐれも騒ぎを起こすなと言った筈だな?」
一緒に戻るのは美成殿だけだった筈なのに、正宗と清雅もくっついて来たんだから、そう言いたくもなるだろう。
そんな兼継殿には頓着せず、さっさと部屋から出た正宗が、御殿の奥へと進もうとする。
この先は奥御殿だ。
おのれ、どさくさに紛れて女の花園に押し入るつもりか!
私は慌てて後を追い、きりりと正宗の袖を掴んで押し止めた。
「正宗殿。ここから先は影勝様の私邸です。勝手な真似は困りますよ!」
「では上森殿の許可を取れ。『白猿』の霊気は、この先だ」
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『白猿』の霊気が越後にある。
そんな話がいきなり出て、兼継殿も困惑しているみたいだ。
「霊獣の数珠? 上森は太閤殿下から、その様なものは譲り受けていない」
「しかし、確かにこちらから、加賀殿の持つ珠と似た霊気を感じるんだ。ただ……抑え込まれているような気配がする。捕らえて閉じ込めたりはしていないか?」
「霊獣を捕えて閉じ込めるだと? はっ、何を言い出すかと思えば。さすが盗っ人は、端から発想が違うな。我々は貴殿とは違う。同列に語らないで頂きたい」
敵意剥き出しの兼継殿が、真顔で言い放つ。
顔を上げた正宗が、きっと眦を吊り上げて言い返した。
「独眼竜は閉じ込めてなどおらん!」
「盗人だという事は認めるのだな?」
「おいおい兼継。今は止そうぜ? 正宗の能力がなきゃあ、数珠は見つけられないんだからさ」
「その通りですよ、兼継。白猿の件が片付いてしまえば、館に用などありません。後でいくら戦り合っても構いませんから、どうか今は抑えて」
「美成。お前はいつもひとこと余計だぞ」
わあわあ揉めていたら。
侍女の先触れのあと、奥御殿との境になる廊下に影勝様が姿を現した。
「……どうした、兼継。客人か」
影勝様は、金色の小猿を抱いていた。
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「……知らん。俺は太閤殿下から、霊獣も数珠も預かってはいない」
影勝様は無表情なままだけど、眉間の辺りに困惑している気配が滲んでいる。
自分に懐いているこの小猿が、富豊の霊獣『白猿』だと言われれば、誰でも困惑するだろう。
「秀好様が使役していた頃は、人の子供くらいある大人の猿だったが……この金色の毛並みと瞳は間違いない。『白猿』だ」
名前と違って白くない小猿は、こちらを無視して、のほほんと影勝様の膝の上で遊んでいる。
こうしていると、可愛い普通の小猿だ。猿を見ながら、美成殿も口を開く。
「秀好様は元より、霊獣嫌いの徳山を警戒していました。しかし霊獣を使役出来る大名は限られている。そして徳山に対抗できる大名でなければ託せません。神龍を従えていた上森が『五大老就任』と引き換えに下ったその時から、『白猿』を託すと決めていたのかも知れません」
「道理でな。吹っ掛けたつもりの条件を、あっさりと呑まれた訳だ」
兼継殿が苦笑した。
確かに軍神・上森剣神の後継者とはいえ、新参者をいきなり五大老に就任させるなんて、破格の待遇というより普通におかしい。
一番後ろで皆の話をふんふんと聞いていると、近くに来た正宗が、ちょいと袖を引いて外へと促してくる。
何だろう?
私はこそりと正宗に続いて部屋を出た。




