344.正宗再々来3
「――では、貴女の世界の秀夜様は、徳山殿の孫姫を娶りながらも、滅ぼされたと言う事か?」
「はい」
清雅が、微かに声を震わせて項垂れた。
さんざん浅はかだと清雅を貶していたのに、美成殿も顔色を無くしている。
心のどこかで清雅の策にも、一縷の望みを託していたのかも知れない。
「ですから『白猿』の数珠を徳山殿に渡す事に、私は反対です。『炎虎の封印』を拒絶した真木には清雅殿が差し向けられましたし、内情を知る清雅殿は徳山の刺客に襲われています。数珠を差し出したとしても、秀夜様が守られる保証はどこにもありません」
「怖い御仁だねぇ。徳山殿ってのは」
慶治郎殿が、肩を竦めて呟く。
暫く黙り込んでいた美成殿が、考え込みながら口を開いた。
「ですが『白猿の数珠』を探し出し、手に入れて置くに越した事は無いでしょう。清雅の手元に『珠』の一部があるという事は、本体も必ずどこかにあります」
「そうだな。万が一にも徳山殿の手に渡ったら、白猿の消滅は確実だ」
「で、肝心の在り処が解らない、って事かい」
「「……」」
すぱんとツッコんだ慶治郎殿から顔を逸らし、美成殿と清雅が押し黙る。
しばらくその様子を見守っていた慶治郎殿が、にやりと笑って私を見た。
「なあ姫さん。兄上さんじゃなくとも、これだけ護衛が揃ってりゃあ、あんたの身は安全だ。どうだい、ここに正宗を呼ぶってのは?」
そうか。すっかり忘れていたけど、正宗の右目は霊力を”見る”ことが出来るんだった!
「しかし慶治郎殿。正宗殿は宝玉の状態でも、霊力を見る事が出来るのですか?」
「さあな。でも試してみる価値はあるだろ?」
確かに他に方法が無いなら、何でも試してみるしかない。
こくんと頷くと、慶治郎殿がほっとしたように笑った。
+++
美成殿の文を持った慶治郎殿が奥州に赴き、正宗と一緒に戻って来た。
「……久しいな。息災だったか」
ちょっと緊張気味の正宗が、独眼竜から降りてこちらに向き直る。
私が何か言う前に、腕を組んだ美成殿と、むきむきと力瘤を見せつけた清雅が、間に立ちはだかった。
「これはこれは館殿。此度はご足労いただき、恐悦至極」
「貴殿の能力が必要だ。是非とも協力願いたい」
「な、なんだ!??」
富豊政権の文治派代表と武断派代表に威圧的に攻めかかられ、正宗が慌てて仰け反った。
+++
「はあ!? 俺には陸奥の仕置きがある。日ノ本全国津々浦々、宝玉探しの当所も無い旅など出来るか!!」
「そう言うなよ、正宗。ついこの前までは、仕置きは小重郎に任せっぱなしだったじゃないか」
「そうだそうだ! しょっちゅう沼田にも遊びに来ていたじゃないですか」
「お前ら、少し黙れ! 奥州覇者としての、俺の沽券にかかわるだろうが!!」
きっと振り向いてがなりたてる正宗の手を、清雅がぎゅっと握りしめる。
「いてて!」
「貴殿の……貴殿の能力が富豊の為に必要だ。どうか力を貸して貰えないだろうか」
「そうですね。仮にも富豊に服従した大名が、この言い草ですよ? 十分、詮議に値しますがどうします?」
「おい! 俺はお願いされているのか、脅されているのか、どっちだ!?」
「「両方」」
美成殿と清雅のハモりに、正宗が白目を剥いて絶句した。
あの正宗を追い込めるなんて。
すっごいな、富豊政権の文治派と武断派。
+++
縁側に、どすんと慶治郎殿が座っている。
その右に正宗、左に私といった配置で、私たちは月を眺めていた。
「お前の兄に、物凄い形相で塩を撒かれた。……あれは少し、堪えた……」
「信濃には海がありません。塩は貴重品です。それをぶちまけざるを得なかった、兄上の心境は如何許りか……」
「俺の心の傷を心配しろ。塩とどちらが大事だ」
「塩に決まっているでしょう。正宗殿の心の傷など、料理に使えません」
「……お前、俺を舐めているな」
「舐めてなどいませんよ。塩じゃあるまいし」
話の内容はアホっぽいけれど、前と変わらない遣り取りに、正宗はほっとした顔になっている。
これで恩返しになったのかな?
慶治郎殿には何の得もないけれど。
くつくつ揺れる慶治郎殿の肩と、正宗のがなり声。
それにツッコんだり流したり。
夜空を泳ぐ独眼竜が、ぼんやり浮かんだ朧月を横切っていった。




