343.正宗再々来2
加賀に到着すると、清雅も舞田殿の治癒に来ていた。
『白猿の欠片』がある清雅は、定期的にこっそりと加賀を訪れている。
徳山に知られると、舞田殿も暗殺を企てられかねないので、この件は極秘だ。
「叔父貴の病まで、あんたの世話になったのかい。そりゃ礼を返さなきゃならないのはこっちだろ……」
「私は何もしていませんよ。治癒してくれているのは清雅殿です」
見舞いに来ていた美成殿も一緒にお茶をいただいていると、治癒が終わった清雅が入ってきた。
「舞田殿はどうです?」
「順調だよ。内臓のあちこちに腫瘍があってな、それがあると、いくら飯を食っても栄養が取れないんだ。腫瘍は全部消したから、あとは栄養があるものを食って、体力をつければいいだけだ」
そんな事まで解るのか。すごいな、清雅の能力!
感心して聞いていると、美成殿がお茶を啜りながら ちらりと目線を上げた。
「お前は随分と、着物の中を透かし見る能力に長けているようですが」
「人を変態みたいに言うな」
「その能力で『白猿』の本体を、探す事は出来ないのですか?」
「出来てりゃ、とっくに探しているさ」
美成殿と清雅が同時に溜め息をついて、私と慶治郎殿は顔を見合わせた。
何の話だろう。
頭を掻いた慶治郎殿が、美成殿に声を掛ける。
「石川殿、何かあったのかい?」
「ええ。……こちらの盆暗が、古狸に足元を見られましてね。「可愛い孫姫を秀夜様に嫁がせて欲しいなら、それなりの結納を用意しろ」とごねられたのですよ」
「何だい、そりゃ? 仮にも主家の跡取りに、随分な物言いだねぇ」
苦々しい顔つきになった清雅が、吐息を堪えて私に向き直る。
「雪村殿なら、だいたい想像がつくだろう。徳山殿は孫姫の結納の品に『白猿』の数珠を望んでいるんだ」
「そう言われましても、『白猿』の宝玉は行方知れず。清雅殿が欠片を持っている事も、秘密にしているのではありませんでしたか?」
「その通りだ。約束を反故にしようと、無理難題を吹っ掛けているとしか思えない」
苦々しさが抜けてしょんぼりとした顔になり、清雅が項垂れて頭を抱えた。
「俺は今まで一体、何をやっていたんだろうな……雪村殿には本当に、謝罪のし様もない。炎虎の件では、返す返すも申し訳ない事をした」
「いえ、ほむらは清雅殿のおかげで復活しましたし、ええと、怪我の功名とでも申しますか……あのように小さくて可愛いほむらを堪能できましたから。本当に気にしないで下さい」
「雪村殿……っ!」
打ちひしがれている様子が気の毒なので笑って流すと、感極まったのか、清雅がぎゅっと手を握ってきた。
イテテと思いながら握り返す私を、どういう訳か美成殿と慶治郎殿が、呆れた顔で見つめてくる。
「雪村。そういうところですよ」
「?」
「ああそうだ、加賀殿。この姫さん、越後の執政と縁組が決まったんだ。祝ってやってくれな?」
にこにこ笑った慶治郎殿が、清雅の手首にチョップした。
***
……これを話していいのか迷うけれど。
今後どんな選択をするにしても、知っているのと知らないのとでは、雲泥の差があると思う。
私は改めて、前と変わらない態度で居てくれる美成殿に向き直った。
「ええと、その……私が『雪村』では無いこと、美成殿はご存じなんですよね?」
大阪で『雪村』が戻った時、兄上たちと一緒に話を聞いている筈だ。
美成殿は淡々と頷いたけれど、もともと『雪村』と面識が無い清雅と慶治郎殿は、さほど重要視していない様子で聞いている。
私は改めて美成殿、そして清雅を交互に見ながら口調を改めた。
「私はもともと、この世界の人間ではありません。ここに良く似た異世界の、四百年ほど未来から来ました――」




