342.正宗再々来1
「仕官先が決まったしな。ちょいと叔父貴に挨拶してくるよ」
慶治郎殿が加賀へ行くと言うので、私も舞田殿のお見舞いに同道させて貰う事にした。
清雅の『治癒』は順調だとは聞いているけれど、『舞田殿の病平癒』は関ヶ原の結末を左右する、最重要ミッションだ。
それに舞田殿は、男が女になる病(という事にしている)を患った私に、とても親切にしてくれるので、私も本当のおじいちゃんのように親近感を覚えている。
関ヶ原のことが無くても、病気は本当に治って欲しい。
「加賀には美成も来ているそうだ。上方に帰る前に、こちらに寄ると言っている。一緒に戻るといい」
兼継殿が手元の文から視線を上げて、私と慶治郎殿を交互に見た。
そしてきりりと眉間にしわを寄せる。
「いい加減、騒ぎを起こしてくれるなよ。慶治郎、くれぐれも宜しく頼む」
お見舞いに行くだけなのに、ひどい言われようだ。
私と慶治郎殿は、兼継殿の大きな溜め息と共に送り出された。
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「姫さんと兼継が、そういう間柄だとは知らなかったよ。そりゃあ正宗は振られる訳だ」
「別に振った振られたという話ではありません。あれはそもそも正宗殿が、ご自分の事情にこちらを利用しただけで」
「うーん、まあ、そういう事にしておくか」
道中、そんな話になり、私は馬に水を飲ませている慶治郎殿に向き直った。
そういえばあの時の件、きちんとお礼をしていない。
「あの時は、本当にお世話になりました。改めて何かお礼をしたいのですが……」
「ははは! 義理堅いねぇ」
豪快に笑った慶治郎殿が、ひらひらと手を振った。
「正宗を嫌わないでくれりゃあ、それでいいよ。今の状況だと何を言っても、兼継が納得しないがね」
「え?」
「いや、だからさ」
解ってなさそうな気配を察したのか、慶治郎殿が困り顔で頭を掻く。
「正宗はさ、おそらくあんたを女扱いしていなかった。だから小重郎も、連れてきたあんたが女子で驚いていた。だが、例えそうであっても『兼継との縁組』が成立しちまうと、正宗はあんたに会えなくなる。それが嫌で横槍を入れたんだと、俺は思うね。兼継にとっちゃあ迷惑な話さ。正宗はあんたと遊ぶのが楽しかったんだ。小重郎も繁実も『家臣』だ。対等の友人にはなれないからな。初めて得た『友人』だったんだよ、あんたは」
「……」
……あれで『対等』だと?
私が反抗的なのび太だっただけで、奴は立派なジャイアンだったぞ。
しかしそれを言っても、現代人じゃない慶治郎殿には伝わらない。
神妙な顔で聞いている私に、慶治郎殿が話を続ける。
「事ここに至っては「このまま正宗と、友人付き合いをしてやってくれ」とは言えないけどさ。兼継には俺から頼むから、せめて一度、会ってやってくれないか? 正宗に、直接謝る機会を与えて欲しいんだ」
「でも」
「頼むよ」
ぱん、と手を合わせて拝んでくる慶治郎殿を見返す。
どうして自分のことじゃないのに、こんなに熱心になれるんだろう。
慶治郎殿はいい人だ。
これがあの時に助けてくれた『お礼』になるなら、言う通りにしたい……いや、しかし……
「では、兄が同席している場でなら」
もそもそと妥協案を提案する。
兄上が一緒なら、兼継殿も納得してくれるだろう。
しかし慶治郎殿は、頭を抱えて思いっきり仰け反った。
「そりゃ無理だ! 正宗は真木の当主ンとこに謝罪に行って、塩をぶっ掛けられて逃げ帰ってきた。「秀好より怖いぞ、あいつ」ってトラウマ抱えちまったんだよ」
兄上の前でふざけたパフォーマンスをするからだよ!
マジギレしている人とお笑い好きな大阪人を、一緒にするからそんな目に。
繁実=館 繁実。正宗の従兄弟で家臣。(過去に1回しか出てない)




