341.越後の客人 ~side K~
上方で知己になった舞田慶治郎が、上森に仕官する事になり、兼継は邸に呼んで饗応していた。
仕官の口を探して旅を続け、先日までは食客として、館家に居たという。
「館に仕えるつもりだったのではないか?」
「命を預けて仕官するなら、やっぱりここの殿様よ!」
天秤に掛けたのではと思わぬでもないが、主君を褒められれば悪い気はしない。
それに、傾いた外見とは裏腹に常識もあり、博識な男だ。
兼継とは気が合う。
「そうか。お前が上森に仕官してくれるのならば心強いな」
微笑んで酒に口をつけていたが。
宴が進むにつれて、旅先での出来事を面白おかしく喋っていた慶治郎が、何やら聞き捨てならない話をし始めた。
先日まで居た、館家での騒動話だ。
「――……で、正宗が、ほの字だった姫さんに振られちまってな。あの餓鬼大将が、生まれ変わったみたいに領地を治め始めたんだよ。今のままじゃあ振り向いて貰えないってさ。精神的に不安定な御仁だから、つい心配でずるずる居座っていたが。今ならもう安心だ」
「ちょっと待て。館は、相手の了承を得られなくとも諦めていないと言う事か?」
「ん? 妙な事を言うねぇ。大名の縁組なんざ、本人の意思なんて関係ないだろ? いったん断られたとしても、利害の擦り合わせ次第でどうとでもなる」
「それはそうだが……」
困惑した表情の兼継を不思議そうに見遣り、慶治郎が笑って膝を打った。
「ああ、正宗が惚れた姫さんに興味があるのかい? まあ館家と繋がるのがどこの家かってのは、上森にも無関係じゃないしな。実はそこについてははっきりしないんだ。小重郎は正宗が連れ帰るまで、女子だとも知らなかったみたいでな。ただ、茂上の妖狐を討伐出来るほど腕が立つ姫さんだった。それだけ聞くと、羆みたいな女子を想像するだろ? それがまた、思いのほか可憐な姫さんでさ。俺はてっきり正宗は、上森の神子姫と恋仲なのかと思ったくらいだよ」
慶治郎は楽しそうに笑っているが、兼継は相槌を打つのが精一杯だった。
酔いも醒めた様子の兼継に気付きもせず、慶治郎が話を続ける。
「どうやら無理に母親と会せたら、姫さんと喧嘩になっちまったらしくてな。帰るの帰さないのと大騒ぎになった。正宗はそのまま姫さんを囲う気だったようだが、小重郎は正宗から『上野の城主と知己になった』と聞いていたらしくてさ。って事は、娘は城主の縁者だろ。それを拐かしたとなりゃあ、取り返しがつかない事態になっちまう。それで小重郎がこっそりと、姫さんを逃がしたんだ」
雪が奥州に行っていた事。そして現地で、やたらと豪奢な掛下を着ていた事までは知っていたが、そのような事態に陥っていたとは知らなかった。
ひとつ間違えば本当に、横から攫われるところだったと言う事か。
「……そうか。館家の傅役殿には、感謝せねばならぬな」
「ん?」
「いや。実は私も縁組が決まったのだ。まだ具体的な日取りを決めるといった段階では無いが」
「そうかい! いやあ目出度いじゃないか! お前さんなら殿様に準じて、いつになるか解らんと思っていたがね!」
その時、外から柔らかな笑い声が聞こえてきて、兼継は襖を開け、部屋から顔を出した。
「何だ。来ていたのか」
「おっ!? お前さんをやっと身を固める気にさせた娘かい?」
うきうきと顔を出した慶治郎と、それに気付いた雪がびしりと固まるのを、兼継は溜め息を押し殺してやり過ごした。




