339.越後の客人1
「先だっては舞田殿に、大変お世話になったからね。改めてお礼を伝えたい。訪問の約束を取り付けたから、雪村も一緒に来なさい」
沼田の兄上から文が届いたのは、後ろ髪を引かれる思いで 越後から戻ってきて間もなくだった。
舞田殿には首藤に拐かされた時、大怪我をしていた家臣たちの治療の為に医師団を派遣して貰っている。
この時は本当にお世話になっているから、私も改めてお礼を伝えたい。
そんな訳でお礼とお見舞いを兼ねて、私と兄上は加賀を訪問する事になった。
+++
「雪村殿、久し振りだな。壮健だったか」
「ああ、二人とも。来ていたのですね」
ちょうど舞田殿の『治癒』に来ていたらしい清雅が、こちらに気付いて挨拶してきた。
苦い顔つきで黙り込んでいた美成殿も、顔を上げて表情を和らげる。
その表情が気になったのか、兄上が美成殿に声を掛けた。
「難しい顔をしているけれど、舞田殿の病状が良くないの?」
「いいえ、そちらの方は順調ですよ。ただ別件で少々、面倒な事にね」
ちらりとお互いを見遣って、美成殿と清雅が 同時に吐息をついた。
そして頭を掻いた清雅が、私の方に向き直って口を開く。
「貴女には話した事があっただろうか。俺は秀夜様の将来の為にも、徳山殿のお力は必須だと考えている」
「はい」
清雅がほむらを斬ったのは、徳山の依頼だったというのは聞いている。
そしてそれと引き換えに、徳山の孫姫と秀夜様の縁組を条件にしていたと。
「徳山殿が秀夜様を疎んじている事は、周囲の者ならば誰でも知っている。しかし孫婿……親戚になれば、最悪、命までは狙われまい」
「俺は、その考えは甘いと思いますね。徳山は過去に、正室や息子を誅殺した事もある。孫婿などという立場が安泰とは、到底思えませんよ」
「しかし!」
「どのような理由があろうと 身内を殺したのは事実。それにお前の足元を見て、炎虎を屠らせた挙句に口を塞ごうと暗殺を画策した。どうですか? 殺される方の気分は」
「……」
「だから俺は、徳山に擦り寄るなど無駄だと言っているのですよ。実際どうです? 縁組の件、のらりくらりと躱されているのではありませんか?」
ぐうの音も出ない様子で項垂れたところを見ると、利用されるだけされて、本当に反故にされかかっているのかも知れない。
……あれ? ちょっと待って?
「清雅殿。もしかしてほむらを復活させて下さった事と、何か関係があるのでは」
「いや。徳山殿は炎虎が復活した事を知らない筈だ。ただ俺が最近、美成と近しくしていると警戒されてしまったようでな」
肥後からの船旅の一件で、清雅と美成殿が同道していたと徳山に知れたらしく、かえって警戒されてしまった。
おまけに訪ねた三河では、徳山に「縁組の使者など立てていない」と惚けられたそうだ。
私はどんな顔をしていいか解らないまま、ふたりを交互に見つめた。
徳山の孫婿になっても、おそらく秀夜様を守れない。
実際に現世の戦国時代では、豊臣秀頼と徳川家康の孫姫が夫婦だった。
それでも大阪夏の陣で、豊臣家は滅びている。
兼継殿の長谷堂城合戦の事しか考えてなかったけれど、この先、美成殿にも悲運が待っている。
こっちの世界で親しくなった人たちの、不幸な結末は見たくない。
その為にはやっぱり、関ケ原の結末自体を変えなければならない。
幸いなことにこちらの世界では、舞田殿の病平癒の可能性がある。
関ケ原以降も舞田殿が生き延びられたら、きっと歴史が変わる。変えられる。
今はそこに賭けるしかない。
+++
「もうこんなに育ったのか。やはり主の傍に居ると、成長が早いな」
炎虎はごはんを食べる訳じゃないのに、もりもりと大きくなっていく。
ふかふかの小虎じゃなくなるのは寂しいけれど、見知ったほむらが戻って来た、と感じられてほっとする。
それは清雅も同じらしく、子供なら乗れるくらいの大きさまで育った姿に目を細めた。
「真木の霊獣、済まない事をしたな。……俺を許してくれるか?」
ほむらは唸るでもなく、つぶらな瞳でじっと清雅を見ている。
かわいいな、と微笑んで手を伸ばし、清雅が頭を撫でたその瞬間。
今まで霊炎を出せなかったほむらが ぼすんと炎を噴き出した。
「ぐわあああ!!」
「清雅殿! 大丈夫ですか!?」
「水! 誰かある、水を!!」
袖に火が燃え移り、派手に転がって火消しをする清雅に、満面の笑みを浮かべた美成殿が、その顔めがけて桶の水をぶっかける。
鼻に水が入ったらしい清雅が、死にそうな顔で噎せ返った。
隣でふたりの遣り取りを初めて見た兄上が、どうしていいか分からない様子で、水桶を手に固まっている。
……これを見たら『清雅と美成殿が内通している』なんて思わないだろうにな。徳山。
***
加賀から戻ってひと月後。
霊炎が出せるようになったほむらは、猪ほどの大きさになっていた。
今なら桜姫を乗せられるかも知れない。久し振りに信濃にお迎えできる!
私はふたたび、越後を訪れた。
先日、加賀で美成殿から「兼継に会う事があったら伝えて下さい。近々、越後に行く予定があると」と伝言を頼まれていたので、越後の着いた私はさっそく兼継殿のお邸を訪れた。
しかし対応してくれた侍女が私を見て、気の毒そうな顔になる。
「兼継様に会いに来たの? ごめんなさいね。今は来客中なのよ」
「大丈夫です。また改めて伺います。しばらくはこちらに居る予定ですので」
「まあ! やっと兼継様にも時間を割く気になったのね? 自覚が出てきたようで何よりだわ」
えへへと笑って誤魔化す私に、侍女もオホホと高笑いする。
その声が聞こえたのか、奥の部屋から兼継殿が顔を出した。
「何だ。来ていたのか」
「おっ!? お前さんをやっと身を固める気にさせた娘かい?」
聞き覚えのある声と一緒に、大柄で人懐っこい表情をした男の人が ひょいと身を乗り出してくる。
「あ」
「何だ。姫さんじゃないか! 元気だったかい?」
正宗のところで助けてくれた男の人が、にこにこ笑って手を上げた。




