338.白詰草の約束 ~side K~
「雪村が こっちに来ているんだろ? 久し振りに会えるんだからさ、視察の日程なんてずらせばいいのに。鉄砲なんか、いつ見たって一緒だよ」
「そうもいきませんよ。長には、前々からこの日に行くと伝えてある」
「融通が利かないなぁ、ホント。「あたしと仕事、どっちが大事なの!?」なんて言われたらどうすんだよ」
「ははは、雪村はそのような事は言わないでしょう」
それほどに愛されていたならば、こんなに煩悶することも無かったであろうに。
溜め息を呑み込み、兼継は泉水に苦笑した。
半ば策に掛けたようなものだったが、何とか縁組までは漕ぎつけた。
しかし正念場はここからだ。
「ここに残る」と雪を翻意させる為に、あらゆる手段を講じなければならない。
甘い言葉を囁き、高価な反物や装飾品を贈っただけで籠絡される娘は多い。
しかし、ここよりもずっと発達した異世界から来た雪には、それが通用しないのだから困ったものだ。
愛していると言ってくれた。
それなのに どうしても手に入らない。
四つの葉を持つ三つ葉を月明かりに翳し、兼継はふと吐息を漏らした。
何も欲しがらぬ娘は、他人の欲にも無頓着だ。
「ここに残って欲しい」という兼継の願いも、おそらくは曖昧にしたまま、叶えるつもりはないのだろう。
手放す事も愛だと、幼馴染みの僧から言われた。
解っていても諦められない。その様には達観できない。
それならば、どんな手を使ってでも翻意させなければならない。
手遅れに なる前に。
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野原にしゃがみ込み、熱心に何かを探していた雪が、土汚れがついた顔を上げて笑った。
「この様に四枚に分かれた三つ葉のことを、私の世界では『四つ葉のクローバー』と言って、幸運を招くと言われているのです。これを是非、兼継殿に」
苦労葉か。
人馬に踏まれて傷がつき、四つに分かれた奇形の葉。
それにふさわしい名かも知れぬが、生薬にもならぬ程度の雑草に、奇跡の力など宿るものか。
そんな身も蓋も無い考えを即座に払い除け、兼継は微笑んで、差し出された葉を手に取った。
奇跡の力が肝要なのではない。
大切なのは雪の、幸運を願ってくれる心だ。
「そのように希少な物を、私が貰って良いのか?」
「はい! その為に探したものですから」
嬉しそうに、雪が笑っている。
相変わらずのあどけなさに、兼継も思わず笑みを零した。
こういうところが可愛いのだが、曲りなりにも婚約したのだ。
少しは許婚として意識して欲しい。
花弁のように小さな葉に 目を落とす。
……せっかくの贈り物だ。
心願成就を願って『幸運を招く葉』に願を懸けよう。
雪がここに残ってくれるように、と。
そしてそろそろひとりの男として、自分を意識してくれるように、と。
兼継は足元に咲く花の中から一輪を摘み取り、雪の左薬指に巻き付けた。
いつだったか桜井から聞いた『異世界の風習』。
ただひとりの見初め合った相手と、生涯添い遂げる願をかけた呪いだ。
家の存続の為に、一夫多妻が当たり前のこちらの世界にそぐわない風習ではあるが、雪以外に妻を迎えるつもりも無いのだから良いだろう。
「ありがとうございます」
呆れるほど鈍い娘だが、さすがにこの意味は解ったらしい。
桜色に頬を染めて照れる雪に、兼継もほっとして笑い返した。
――ほんの少しではあるが、雪の心を捕らえた気がする。
「霊験あらたかな葉だな。――いや、花の方か?」
どちらでも良いか。
とにかくこれは丁重に保管せねば。
雪からの大切な贈り物だ。
いずれこれはしおりにしよう。
そうしておけば、書籍を読むたび、今日の事を思い出せる。
月灯りに翳した四つ葉を、頁の間に挟んでそっと閉じる。
雪も同じような事を考えている事を 兼継は知らない。




