337.白詰草の約束
336話-337話の間の話がエロかったのでカットしました。
なるべく修正したつもりですが、多少、辻褄があっていないところがあるかもしれません。
そういうところはスルーでお願いします。
ほむらを受け取ってから数日後。私は久し振りに信濃に戻った。
いつまでも呑気に残っていたら、冬の越後は豪雪に閉ざされる。
本当にひと冬、滞在になってしまうからだ。
長い冬が終わり田畑の作付けもひと段落した頃、私は久し振りに越後を訪れた。
「お久し振りです。こちらはお変わりありませんでしたか?」
「大ありよ? 雪村が来ると知ってから、兼継様がそわそわしっぱなしだもの」
「まさかぁ。さっき御殿にご挨拶に伺いましたが、変わった様子はありませんでしたよ?」
「馬鹿ねえ! 本人の前で、そんな浮かれた様子を見せる訳がないじゃないの。元・世話役として格好がつかないわ」
オホホと高笑いしている侍女衆の面々。
相変わらずお元気そうで何よりです。
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「明日、郊外の村に行く予定なのだが。都合が良ければお前もどうだ?」
「お仕事について行っても良いのですか?」
「構わない。それに視察が済めば仕事は終わりだ。ちょうど今は春の盛りだしな、散策するのも良いだろう」
侍女衆の話とは大違いな、泰然自若とした兼継殿からお誘いがあったので、私は視察にくっついて行く事にした。
前に「一緒にお散歩したい」とお願いしたのを覚えていてくれたみたい。
「久し振りの散策ですね。楽しみです!」
「喜んで貰えたのなら幸いだ。その村は一度、お前にも見せておきたかった」
えへへと照れている私の髪を、兼継殿がさらりと撫でてくれる。
その掌が温かくて優しくて、私は幸せな気持ちで兼継殿を見上げた。
いつかお別れする日がくる
好きになりすぎると辛くなる
ふとした瞬間にそれを思い出すと、心がちくりと痛むけれど。
それに気づかない振りをして、私は『楽しい思い出作り』を全力で楽しんでいる振りをする。
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「お天気が良くて良かったです。兼継殿は視察が終わったら、どこか行きたい場所はありますか?」
翌日。うきうきと浮き立つ気持ちを抑えつけて、ゆっくりと馬を歩かせながら、私は兼継殿に話しかけた。
畦には新緑の草木が茂り、小さな白い蝶が踊っている。
幸いお天気にも恵まれ、絶好のお散歩日和だ。
「お前の見たいところで良い。案内しよう」
「見たいところ……」
特に無いな。それにこの辺は兼継殿のホームグラウンドだから、私よりも兼継殿の方が地理に詳しい。
「どこでも良いです。私は兼継殿と お散歩できるだけで嬉しいので」
「可愛い事を言うな。ではいっその事、日帰り出来ないほど遠くまで連れ出すか。米沢にある私の所領などどうだ?」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい! それは『お散歩』の範疇から外れます!」
慌てている私を見て、兼継殿が 冗談だ と、くすくす笑う。
ゲームの『兼継』は、落ち着いた真面目キャラだったから、本当はこんなによく笑う人だったなんて、こっちの世界に来るまで知らなかった。
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山奥に隠されるようにあったその集落には、鉄砲職人が集められていた。
近江から引き抜いた選りすぐりの職人たちに、越後の鍛冶職人が技術を教わり、量産しているらしい。
関ケ原のきっかけは、徳山に「上森が武器を量産している。謀反の疑いがある」といちゃもんを付けられた事だ。
「武器を揃えるのでしたら、目立たぬように少しずつ、時間をかけて準備すべきではないでしょうか? 何事も急激にしてしまっては、あらぬ疑いを掛けられかねません」
いつだったか、遠回しに伝えた事があったけれど、兼継殿はそれを聞き入れて、実行に移してくれていた。
少しずつ蒔いていた種がひっそりと芽吹いて、この世界は、ゲームとは違う状況になりつつある。
こんなに山奥の小さな集落なら、徳山にも見つからない。揚げ足を取られない。
よかった、きっとこれで 関ケ原を回避できる!
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視察を終えて帰ろうとしたら、集落の頭領らしき人が追ってきて、兼継殿を呼び止めた。
「執政殿、少しお話が」
「雪、私は長と話がある。済まないがもう暫く、時間を潰していてくれるか?」
「はい」
兼継殿が長と話をしている間、私は村はずれの野原を散策して待つ事にした。
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春の若葉に覆われた野原には、素朴で可憐な野花が咲き乱れている。
野花なんて現世に居た頃は雑草に見えていたけれど、こっちの世界では 貴重なおくすりの原料だ。
オオバコなんて『オオバコ相撲』で遊ぶ草花でしか無かったのに、アレも生薬なんですよ?
もう、雑草が雑草に見えない。春の野原は宝の山です。
……そうだ、ここにはあるかな?
私は柔らかな三つ葉の海にしゃがみ込み、目当てのものを探し始めた。
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「――何か落としたか?」
背後から声が聞こえて、私は慌てて振り返った。
真剣に探していたから、兼継殿が戻ってきた事にも気付かなかった。
こんなにたくさん生えているのに、意外と見つからないものだなぁ。
それでもやっと見つけた一本を、私は意気揚々と兼継殿に差し出した。
「この様に四枚に分かれた三つ葉のことを、私の世界では『四つ葉のクローバー』と言って、幸運を招くと言われているのです。これを是非、兼継殿に」
「そのように希少な物を、私が貰って良いのか?」
「はい! その為に探したものですから」
雪村が詳しくないから、必然的に私も『花言葉』には詳しくない。
そんな私でも知っている 数少ない花言葉だ。
よく考えたら、私は兼継殿に元手が少ないものしかプレゼントしてないな…… これに至っては無料だよ。
「ありがとう」
乙女たちを瞬殺しそうな極上スマイルを返してきた兼継殿が、少し照れたような表情を閃かせた後ですまし顔に戻り、手を差し出してきた。
「手を」
そう言われて、今更気づく。
立ってから渡せばいいのに、しゃがんだまま渡していた。
それでなくとも身長差があるのに、受け取りづらかっただろうなぁ。
照れ笑いで誤魔化して、私は土で汚れた右手を払いながら、左手を兼継殿に差し出した。
引っ張り起こしてくれるつもりだと思ったのに、私の手を取ったまま、兼継殿もしゃがみこんだ。
そして足元に咲いていた白詰草を一輪摘み取り、私の薬指に巻き付ける。
ぽかんとしている私から目を逸らして、兼継殿が小さく咳払いをした。
「お前の世界では、縁組が決まった男女でこのような風習があると聞いた。だが、あいにくここには指を飾る装飾品が無い。このような物で申し訳ないが……」
「……」
えっ!? ええっ!??
そ、それって指輪のことを言っているんですか!??
これ以上ないくらい乙女ゲーム! って感じのイベントだけど、まさか戦国時代風のこの世界で、指輪イベントが発生するとは思わなかった……!
どうしよう。私、今、どんな顔している!?
ほっぺたが火照っているのが 嫌でも判る。
左手を取られたまま、私は必死の思いでお礼を伝えた。
「あの、ありがとうございます……」
「喜んで貰えたなら嬉しい。こちらこそありがとう」
心なしか耳を赤くして 兼継殿が微笑んでいる。
心臓がばくばくして 息が苦しい。
き、急にこんなイベントが発生したらびっくりするよ……!
どうしていいか解らなくて、何て言ったらいいのか解らなくて。
私は笑い返すのが精一杯だった。
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指に嵌めた白詰草のリングを月明かりに翳して、ぼんやりと考える。
大切にとっておきたい。
現世なら、上手くプリザーブドフラワーに出来るかな?
加工するなら桜井くんにお願いしなければならないけど、現世の薬品を使ったら、こっちの世界に持ち込めなくなる。
嫌だな。手元から離したくない……
結局私は、こっちの世界で手に入れた一番の宝物を、押し花にする事にした。
押し花にして、しおりにしよう。
そうしたら本を読むたびに、今日のことを思い出せる。
縁側に寝転んで 月を見上げる。
夜空に翳した左手では 白い雪洞が、月明かりを含んで仄かに灯っている。
帰るまでに、楽しい思い出をいっぱい作りたいと思っていたけど。
こんな事をされると……お別れするのが辛くなる。
「残ってくれ」と言いながら、兼継殿はずっとこの辛さを抱えて来たんだろうか。
だとしたら。
兼継殿に幸せになって欲しいから、だから帰ろうとしているのに、どうするのが正しいのか、だんだん解らなくなってきた。
どうしよう。
私は どうしたらいいんだろう。




