333.港町散策と執政の思惑1
「明日、港町の視察に行く予定なのだが、一緒に来るか?」
縁談騒動の諸々も落ち着いたある日。
兼継殿が誘ってくれたので、私たちは港町の散策に出掛けることになった。
前に「港町を案内する」と約束してくれた事を、覚えていてくれたみたい。
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越後の港町・直江津は、とても栄えた町だった。
人も船もたくさん出入りしている。
「たくさん人がいますね」
「越後の城下町だからな。ここは剣神公が治めていた頃から、米、塩鮭、越後布などを上方に送る要所となっている。遠くは鎮西、蝦夷の諸港とも交易している故、各地の品が集まるな」
余所見をしていたら、前から来た人とぶつかった。
人が多すぎて、油断していると逸れそう……。
田舎者まる出しの私に苦笑して、兼継殿が手を繋いでくれる。
ゆっくりと歩きながら、兼継殿が懐かしいものを慈しむような目で遠くを見た。
「港町も活気があって良いが、秋の里もまた格別だぞ。育った稲穂が黄金の海になる。それを見ると、これで皆が飢えずに済むとほっとする」
「そうですね。日照りや大雨が続くと、あっという間に不作になりますから」
「ああ。越後には神龍の加護がある故、凶作になる事はまず無いが。……この加護を日ノ本全てに行き渡らせるには、この先、どうしたら良いのかな」
『神の力を国全体に行き渡らせて、皆が豊かに暮らせる世を作る』
富豊秀好は、それをスローガンに天下統一をした。
上森もそれに共感して臣従したのに、その後で権力を握った徳山は「ひとの世はひとの力で」と真逆の方針を打ち出した。
そして関ヶ原と大坂夏の陣が勃発し、富豊が滅んだ世で江戸幕府は開府する。
……やっぱり、大阪夏の陣が終わるまで大人しくやり過ごして、雪村が生き残る事だけ考えていちゃ駄目だ。
関ケ原の結末を変えないと。
そして兼継殿が望む未来は、富豊が目指す世の中だ。
富豊滅亡を回避するには、どうしたら……
考え込んでいたら、足を止めた兼継殿に顔を覗き込まれた。
慌てて私は顔を上げる。
「龍の加護がある稲穂の海……さぞ美しいのでしょうね。私もそのうち見てみたいです」
「そうか。では今度は、私の所領を案内しよう。米沢は行った事が無かったな? なかなか良いところだぞ」
「はい、是非! 楽しみにしています」
「他に望みはないか? お前が望むならば、どのような事でも叶えよう」
笑っている兼継殿に私も笑い返す。
そうだ、今は考え事をしている時じゃない、『思い出作り』をしなきゃ。
気持ちを切り替えて、私は兼継殿の手を引いて駆け出した。
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港から続く道端には、露店が所狭しと並んでいた。
お祭りみたいに華やかで、周囲は活気に満ち溢れている。
うきうきしながらお店を覗くと、干物や布地、各地の特産品の他に、螺鈿細工の装飾品が並べられた露店もあった。
装飾品……
私はふと、髪紐を無くした件を兼継殿に謝っていなかった事を思い出した。
そっと隣を窺うと、いつも通りの兼継殿が、私に気づいて見返してくる。
……うん。この件についてはもう少し後にしようかな。
今は『楽しい思い出作り』の最中だから……
「何か欲しい物があったか?」
突然、兼継殿にそう聞かれて、私は仰天して首を横に振った。
しまった! そういう意味で見たんじゃないんです。
「お気に召したものはありませんでしたか……」
首をぶんぶん振る私を見て、今度は売り子のお姉さんががっかりした顔になる。
あああ、それもそういう意味じゃないんです!
「遠慮をするな。せっかくここまで来たのだ。記念に何か贈りたい」
お姉さんに気遣ったのか、兼継殿がイケメンスマイルで退路を断ってくる。
お気持ちは嬉しいですが、いや、しかし。
率直に申し上げて、兼継殿から貰った物をまた壊したらと思うと怖いんですよ。前に貰った白紬だって、今は大事に仕舞ってあるんだから。……それに。
私は笑って兼継殿を見上げた。
「ありがとうございます。お気持ちだけで十分です。私はがさつですから、この様に繊細で可愛らしい簪は壊してしまいそうで怖いです。私は今日、兼継殿とご一緒させていただいた思い出だけで十分ですよ」
「欲が無いな、お前は」
「まったくだわ! せっかく旦那様が買って下さるって言うんだから、甘えちゃいなさいよ!」
だ、だんなさま!?
即座にお姉さんが食い下がってきたけれど、私は聞こえなかった振りをして、店の前から逃げ出した。
実際の大阪夏の陣は、関ヶ原の15年後です。
史実通りにすると、攻略対象がおっさんの乙女ゲームになってしまうので、異世界では3年後に大坂夏の陣勃発→その後に江戸幕府開府という流れにしています。




