331.新しい縁談14
雨の音だけが、静かに辺りを包んでいる。
兼継殿の予想通りなら、六条殿は企みに加担した藤姫に、全ての罪を着せて処分するつもりだろう。
このまま逃げ帰ったら、バッドエンド一直線だ。
「そんな…… 違うの、兼継さま……私は騙されていただけ……」
「不倫する気まんまんだったじゃないの」
悲劇のヒロインのように兼継殿に向けて手を伸ばした藤姫に、侍女のひとりが ぽつりとツッコむ。
「ああ、それともうひとつ。与板で亡くなった陰陽師は桜姫の小袖を所持していたそうです。心当たりはありますか?」
「そ、それ……は……」
「六条家お抱えの陰陽師は商売も手掛けているようだ。私の許嫁にも、物騒な人形を贈って頂いたそうですね」
「ちがう、ちがうの! 話を聞いて、兼継さま!!」
半狂乱で兼継殿に取り縋ろうとした藤姫を、近侍の家臣たちが取り押さえる。
今まで見た事がないくらい冷酷な表情を浮かべた兼継殿が、床に這いつくばった藤姫を見据えた。
「私の許婚を呪詛した者を、許すつもりはない。そう申し上げた筈ですよ」
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「――六条の強欲に助けられた。剣神公の所業を怨みに思って「青苧の産地を朝廷の直轄地に」などと進言されては堪らぬと思っていたからな」
ほっとした顔をして、兼継殿が笑っている。
兼継殿はその後の事を詳しく話してくれなかったけれど、詮議に同席した泉水殿が、こっそりと教えてくれた。
事の顛末を要約するとこうだ。
小田原の一件の後、都では「越後の執政が、釣り合わない身分の娘と婚約した」話で持ち切りになり、それを耳にした六条殿は、千載一遇のチャンスだと考えた。
最初は策に掛けるつもりは無かったらしい。
六条家は青苧の座役が激減して以降、窮乏に瀕している。
越後の執政と、誼を通じておいて損はない。
『公家の姫』が相手なら、直枝家も喜んで乗り換えるだろうし、そうならなくともこの時代は一夫多妻。
件の侍女を娶ったところで、小大名の遠縁の娘など側室が関の山。
公家の姫を本妻……『正室』に据えざるを得ないだろうと思ったそうだ。
ただ、六条家には姫が居なかったので、縁組するなら養女を迎える必要がある。
しかし「直枝家が縁談を片っ端から断っている」という噂も聞く。
たかだか陪臣に縁談を断られては、公家のメンツにかかわる。
「貧乏生活から脱したいが、余計な恥はかきたくない」と追い詰められた六条殿は、ひとつの策を思いついた。
それが適当な側室を「姫」と偽り、『婦敵討』を利用して脅迫する策だった。
これ以降はほぼ、兼継殿の予想通り。
そもそも『許嫁』が居なければ、縁談を断る理由がなくなる。
まずは邪魔者を排除しようと考えた六条殿は、陰陽師に許嫁を呪詛させた。
しかし『真木遠縁の雪』なんて侍女は居ないから、呪殺が出来ない。
「呪詛が失敗するのは、都からでは遠すぎるせいでは」と考えた六条殿は、藤姫と陰陽師を伴って越後に乗り込んできた。
本所の立場を利用して、直枝本家に直接、縁談を持ち込んだのが功を奏し、縁組の打診は断られなかった。
あとは許嫁を呪殺し、あわよくば傷心の兼継殿を慰める体を装って18禁イベントを起こし、それをネタに脅せば良いだけだ。
……と、思っていた 六条家ご一行。
しかし越後に来ても、呪詛のターゲットが特定できない。
おまけに縁談だというのに、肝心の兼継殿が、なかなか与板に戻ってこない。
ならばと藤姫を春日山に乗り込ませたら、その日のうちに直枝邸から追い出され女の園・奥御殿に預けられてしまった。
これでは18禁イベントを起こせないし、冤罪を擦り付ける訳にもいかない。
がっかりした六条殿。しかしこの策は、予想外の事態を引き起こした。
木菟引きが木菟に引かれるというか……藤姫がガチ恋してしまったのだ。
田舎大名の家臣と馬鹿にしていたのに、兼継殿が 思いがけなくイケメンだったからだ。
『公家の妻』というステータスが惜しくて縁談に乗り気じゃなかったけれど、六条殿はもう初老のおっさん。
一度だけの関係なんて惜しい。若いイケメン執政の正室も悪くない。
彼が相手なら夫を捨ててもいいわ、と盛り上がった藤姫。
乗り気ではない執政を落とすには、奥御殿で働いている『許嫁』の死が必須。
そして確実に殺す為には、何としても『呪殺の標的』を見つけ、陰陽師に知らせなければならない。
越後に来て「奥御殿には毘沙門天と神龍の加護がある」と知った藤姫は、呪詛の失敗はそのせいだ、外に出さなければ呪殺出来ないと誤解した。
それで商人を装った陰陽師を呼び寄せて『符丁の呪詛人形』を受け取り、それを私に持たせて、医者を呼びに行かせた。
加護が届かない場所で、私を殺すために。
おまけに万が一にも、私が医者を連れ帰らないように……
「診療所の近くに破落戸が潜んでいたんだ。お前を拉致する為に雇われたんだと。念入りな事だよ」
その破落戸は、代わりに医者を呼びに行った泉水殿が捕えてくれた。
奥御殿から出た直後に、兼継殿に保護されて助かった……
そうじゃなかったら今頃、呪いか破落戸に殺されていたよ……
因みに先日、兼継殿が断罪の場で言っていた「六条殿が盗もうとした物」とは、六条殿自身が送った『縁談申し込みの文』だそうだ。
戸籍を調べ、六条家に姫が居ない事に気づいた兼継殿は一計を案じた。
養父様と共謀して、六条殿の前で『書斎の文箱』に文があると匂わせた。
「偽文」と突っぱねるつもりであっても、在処が分かれば証拠は隠滅したくなる。
六条殿が書斎に忍び込み、文を盗んだところを取り押さえたそうだ。
これではもう、「偽文」などと言い逃れは出来ない。
とりあえずこの縁談騒ぎは一件落着した。
私も助かったよ……
「泉水殿のお陰で助かりました。ありがとうございます」
ほっとしてお礼を伝えた私に、泉水殿は苦笑した。
「元はと言えば、剣神公が青苧の座役を減らしたのが発端だからな。お前は巻き込まれただけだよ。それに無駄な死人が出なくて良かった。ならず者とはいえ、金で雇われただけだしなぁ」
「?」
「いや、だからさ」
言いづらそうに、泉水殿が口元を押さえた。
さっきまで苦笑していた頬が強張っている。
「あの破落戸たち、藤姫から「拐かした女は好きにしていい」って言われていたらしくてさ。それを聞いた兼継がブチ切れて、そいつらを療養所送りにしちゃったんだよ。……お前が無事で、本当に良かった」




