329.新しい縁談12
「心当たりはありますか? 藤姫」
「い、いいえ。私にはまったく」
「なるほど。しかし先程、興味深い話をしていたではありませんか。姫の呪詛返しと同時に怪死した従者。もしや姫を呪っていたのは、その従者では?」
「まあ! どうしてそのような意地悪をおっしゃるの? 私は雪さまの呪詛を返しただけです!」
「そこが不思議なのです。真木家は霊獣を従えてはいますが、陰陽術に造詣が深い訳ではない。その遠縁の娘が、呪詛の打ち方など知っているとは思えない」
「兼継さまはあの小娘を庇いますの? 田舎侍の分際で無礼な男ね! そうだわ、従者は与板で死んだのですもの……直枝家の誰かが殺したのではないの!? 武家なのだもの、人殺しは得意でしょう!? 生身の人間を斬り殺すなんて、武家とは何と悍ましい……!」
「私は「殺された」とは言いましたが、「斬り殺された」とは一言も言っておりませんよ」
兼継殿の淡々とした指摘に、藤姫の声が凍り付く。
口元を戦慄かせる藤姫を見据えて、兼継殿が薄く苦笑した。
「貴女は何故「斬り殺された」と判ったのですか? 殺害の手段など、いくらでもある。死因を知る者でなければ、遺骸の様子など知りようが無い」
「……」
「六条家は青苧の本所。それ故、迷惑な縁談であっても無碍には出来ませんでしたが、私の許婚を呪詛したとなれば話は別。許すつもりはありません」
氷のように冷たい微笑を浮かべる兼継殿に、真っ青に青褪めた藤姫が、そろそろと後退る。一歩、前に出た兼継殿が打ち捨てられた小袖を拾った。
「この紅小袖は、かつて剣神公の為に縫われた小袖。桜姫の父君であられる信厳公の、赤揃えに倣って縫われたものと聞いております。越後の侍女が毘沙門天の遺品に呪詛を仕込むなど、出来る訳が無いのです」
えっと、はい。信厳公に対する怨念が籠っている小袖ではありますが、今はそれを言うタイミングじゃない。
老女も、周囲を取り巻く侍女衆も、微妙な顔つきで口を噤んでいる。
「その様な曰く付きのものだとは…… あの小娘はひとことも……」
ええ、そうですよね。言っていません。
動揺しまくる藤姫を、冷たい視線で見遣った兼継殿が、淡々と言葉を続ける。
「呪詛が仕込まれていると言いながら、それを平気で羽織れるとは。どうやら六条家は、着るものにも不自由しておられるご様子だ。聞くところによると、出入りの商家にも逃げられたとか。金も払わずに、集るだけ集っていれば然もありなん、といったところでしょうが、その穴埋めに青苧の税収を当てにされても困りますな」
「そ……そのような事は……」
「六条殿もその御積もりで縁談を持ち込まれたのでは? 兼ねてより青苧には莫大な座役が掛けられていましたが、代替わりした後でさらに関税が掛けられた。それを知った剣神公が申されたのです。「越後の青苧だろう? 何も生まぬ本所が甘い汁を吸うなど、面白くないじゃないか」と。越後の御用商人は優秀でね、領主の要望に応えて青苧を越後商人の専売とし、更には大幅に座役を減額させたのですよ。その経緯はご存じありませんか?」
「知っているわよ! だからこそ殿は、関係を改善する為には、私が直枝家に嫁ぐしかないと……青苧の座役を取り戻し、六条を助けよと」
「関係を改善したいのなら、上森家に嫁げば良い」
「嫌よ! 美しくもない田舎大名に嫁ぐなんて!!」
うわわ、上森家絶対主義の社畜・兼継殿に向かって影勝様をディスったぞ!
なんて命知らずな!!
びしりとひび割れた空気に気づかないのか、真っ青な顔をした藤姫が金切り声を張り上げる。
「私の美しさは都でも評判なのよ? その私が妻になるというのに、いったい何が不満なの!? そもそも私はあの小娘に、ひいな遊びの人形を渡しただけ。実際に呪詛したのは陰陽師じゃないの! 貴方への想いが引き起こした可愛らしい嫉妬、ちょっとしたおまじないよ? それだけでどのような罪に問われるというの!?」
「事ここに及んで惚けるとは豪胆ですな。六条殿に娘は居ない。藤姫、貴女は六条殿の側室でしょう」
突然、投下された爆弾発言。
その場に居た人たちはみな仰天して、立ち竦む藤姫を凝視した。
私もびっくりして和尚様を見返すと、こちらはどうやら知っていたようで、やんわりと苦笑している。
そして私の耳元に口を寄せて囁いた。
「兼継は、女運が悪いのですよ」




